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17-4 「息子さんをください!」は俺の台詞じゃなかった
翌日のお昼。俺は応接室でユーリスと隣り合って座っている。側には婆さんもついていてくれた。
印象悪くならないようにきっちりした格好をしたいと申し出たんだけど、「お腹を締め付けるような服装はいけません」とユーリスにも婆さんにも言われて、ストンと被るローブのような物を着ている。
まぁ、言われても当然だ。俺の周期加速スキルはいい仕事をするらしく、朝起きた俺のお腹はふっくらとしていた。ちょっと驚いて朝からいきなり「ぎゃぁ!」と言ってユーリスを驚かせたくらいだ。
婆さんの診察では、順調なのだそうだ。でも、普通の妊婦が1ヶ月をかけて到達するのを俺は1日に凝縮しているから、体に起こる変化がめまぐるしいのだそうな。
実際、朝よりも今の方がお腹が膨らんでいる。締め付けはよくない。現在、お腹には支える為のさらしがゆるめにあるばかりだ。
緊張してくると、やっぱりお腹がキュッてなる。丁度、臍の少し下あたり。この子には俺の不安や緊張はよく伝わってしまうらしい。心健やかに、本当にそうだ。
やがて、コンコンとノックがあって執事さんが声をかけてくる。俺は隣のユーリスの手を握って、必死に息を吐いている。
執事さんに連れられてきた二人を見て、俺は「あっ」と小さく声を漏らした。ユーリスにとても似ていたから。
王様の方は本当に、ユーリスに似ている。短い黒髪に黒い瞳で、年を取ったらユーリスもこんな感じだろうなって容易に想像出来る感じだ。
そしてお妃様はとても綺麗だ。明るい茶色の髪に、大きくて少し垂れた緑色の瞳をしている。穏やかで優しくて、慈悲に溢れた感じがした。
そんな二人が俺を見て、とても優しく笑ってくれる。立ち上がった俺は、ちょっとだけほっとした。少なくとも、頭から否定はされないと思えた。
何にしても挨拶大事。頭を下げて、まずは名前。
「あにょ!」
いきなり噛んだ!
オロオロしていると、正面から手を握られる。視線を上げるとお妃様が俺の手を包み込むようにして微笑んでいた。
「大丈夫よ、マコト。そんなに不安な顔をしないで、お腹の子にも移ってしまうわ」
「あ…」
「貴方の不安は、よく伝わるでしょ? そんなに苦しい顔をしてはいけないわ。笑ってちょうだい、可愛い私の息子」
にっこり笑われて、嬉しくて、俺の目はウルウルだ。お妃様の横に並んだ王様も穏やかに頷いて、俺の肩をポンポンと叩いてくれる。
「息子が、世話になったそうだね。マコト、本当にありがとう」
「いいえ…」
どうしよう、声が出ないよ。嬉しいよ、本当に。この世界の人ってどうしてこんなに優しいんだろう。何にもない俺に、どうしてこんなに温かくしてくれるんだろう。
「あらあら、大変!」
ハンカチを取り出したお妃様が俺の頬を拭ってくれる。そして穏やかに笑って、抱きしめてくれた。
「体に障るから」と座らせられて、改めて正面からお二人を見た。隣にはユーリスがいて、ずっと俺のどこかに触れている。それに、お妃様は可笑しそうに笑った。
「まぁ、ユーリスったら困った子ね。そんなに大事そうに抱えてはマコトも困るわよ」
「あぁ、いや…」
「ユーリス、親になるのだから心に余裕を持ちなさい。どっしりと構えていなければいけない」
「束縛なんてしてはいけないわよ。それでなくてもマコトは子育てに追い立てられるのですから、貴方まで子供のように我が儘を言っては困らせるわ」
ユーリスが赤くなって項垂れる。こんな姿を見るのは初めてだ。親にとっては子がいくつになろうと、やっぱり子なのだろうな。
「改めまして、マコト」
静かな声に視線を向ける。王様が黒い瞳を真っ直ぐにして、俺を見ていた。
「ユーリスの父で、グリームだ。こちらは妻のヘレネだ」
「初めまして、マコト。貴方の話を婆から聞いて、どうしても会いたくなってしまったのよ。体が大変な時に無理を聞いてもらって、有り難う」
「いえ、こちらこそお会い出来て光栄です! マコトと言います。こちらの世界に来て、まだ数ヶ月で、本当に何も分からないのですが、少しずつ学んでいきます。どうかご指導お願いいたします」
緊張が解けてちゃんと言えた事に、俺は安心する。ほっと胸を撫で下ろすと、王様もお妃様も楽しそうに笑っていた。
「しっかり者ね」
「あぁ、まったくだ」
「ユーリス、素敵なお嫁さんをもらったわ。可愛いじゃない」
ユーリス、さっきから赤くなって口数が少ない。見上げると、とても困った顔をしている。そんなのも少し可愛く思えて、俺は笑った。
「マコト、あまり気負わなくてもいいのよ。この子は王子だけど、後を継ぐなんてまだ先の事。それに、予想よりもずっと早くその子は産まれてしまいますから、国や世界の事を学ぶのはのんびりでいいのよ」
「でも…」
「細かな事はユーリスに押しつけてしまっていいわ。貴方は、その子を大事に育ててあげるのが一番大事よ。大丈夫、堅苦しい席には顔だけ出して直ぐに引っ込んでしまいなさい。子育てが忙しいでも、疲れているでもいいから、理由を付けて面倒は逃げていいのよ。会いたい人だけ、のんびりと会ってお話すればいいの。勿論、そこに私が入ると嬉しいわ」
鈴を転がすように笑うお妃様を見て、ユーリスを見て、王様を見て。皆しっかり頷いてくれるから、俺は笑って「嬉しいです」と言えた。
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