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14、景の告白

「……全く、何やってんですか芦屋さん」 「悪い悪い……ってなんで俺がお前に謝んなきゃいけねぇんだ」 「だいたい俺たちの幼少期のことなんて、芦屋さんに関係ないじゃないですか。気持ち悪い。プライバシーの侵害だ」 「いやただの世間話だろ! そこまで言わなくてもいいじゃねーか」  理人の隣に座った景は、ちくちくちくちくと芦屋に文句を垂れ続けている。  芦屋と話す景は、いつもよりずっと生き生きして見える。さっきからずっと不機嫌は不機嫌だが、理人といる時には絶対に見せないような、張りのある表情だ。  それに、二人の関係はとても気安いようで、会話の息もぴったりだ。きっと違いを信頼し合っているのだろうな……と思うと、なんとなくさみしいような、居づらいような気分になってくる。 「あ、あの……じゃあ俺、先に帰らせてもらってもいいですか? ちょっと休みたいっていうか……」 「俺が送るよ。むさ苦しいアルファフェロモンに当てられて酔っちゃったんだね」 「言うに事欠いてむさくるしいとはなんだお前」 と、口をへの字にして怒っている芦屋になど目もくれず、景は理人の手をとって立ち上がらせる。  景の白い指を見ていると、どうしても昨日のことを思い出してしまい、理人はサッと手を払った。 「……あ」 「……」  しばし二人は無言で目線を交わしていたが、先に気を取り直したのは景だった。テーブルの上にあった伝票を掴み、理人を促して通路に出る。 「おい待て。お前、また香乃さんを連れ回す気じゃないだろうな!」 「そんなことしません。始末書書きながら反省しましたから」 「いや絶対してないだろ」 「しました。ついでに午後から自宅謹慎しますので、何かあったら携帯に連絡ください」 「自宅謹慎!? あ、ちょっと待て夜神!!」  芦屋相手にはいつもこうなのか、景は一方的に身勝手なことを言い、さっさと会計を済ませて店を出てしまった。  + 「いいのか? 芦屋さんほったらかして。仕事も……」 「いいんだ。……俺も、ちゃんと謝りたかったから」  理人の部屋に戻ってくると、景は理人をベッドに座らせた。そしてすっとラグマットの上に膝をつくと、上半身を折って頭を下げる。 「……昨日は、ごめん。やりすぎだった」 「……あ。うん……」 「もっと慎重に伝えるつもりでいたんだ。……でも、高科との思い出を話す理人を見てたら、もう、苦しくて」 「苦しいって……どうしてだよ」  景は顔を上げ、必死さの滲む切なげな表情で理人を見つめた。  あまりにもひたむきでまっすぐな瞳に、理人の胸がどくんと跳ねる。 「……好きなんだ、理人が」 「……え?」 「子どもの頃からずっと、好きだった。今でも……好きだよ」 「け、景……?」  すっ、と理人の手に、景の手が重なる。形の綺麗な白い指が、骨ばった自分の手に重なるのを見下ろしていると、戸惑いと喜びがないまぜになったような複雑な感情に、胸がざわつく。 「だから……早く忘れて欲しかったんだ。『亡き番』のことなんて早く忘れて、俺を見て欲しかった。だから昨日、焦ってあんな酷いことを……」 「ちょ、ちょっと待ってよ! まだ俺、昨日のこと全然整理できてないんだ! なのに急にそんなこと言われても……!」 「……あ……ああ、そうだな。ごめん、ちゃんと話すよ」  景はふう、とひとつ息を吐き、自分の膝の上で拳を握った。  そしてゆっくりとした口調で、これまでのことを話し始める。胸の奥に凝ったものを、解きほぐしながら吐き出すように。 「……三年前、俺は高科と一緒に仕事をしたことがある。まだ、入国管理局の関西支部にいた頃のことだ」 「えっ、し、知り合い、だったの!?」 「ああ。……仕事ができて、頼れる人だと思った。正義感が強くて、曲がった事を嫌う人だった。国際問題に強いと定評がある人で、入管(うち)とも関わりの深い人だった」 「……そ、そうなんだ」  高科とは仕事の話などほとんどしたことがなかったため、そんな話は初めて聞いた。改めて、自分は何一つ高科について理解できていなかったことを、まざまざと感じさせられる。 「ある時、俺が抱えてた外国人問題を高科と担当したことがあった。その一件が済んだ後、一度だけあの人と食事をしたことがあったんだ。……その時、流れで番の話になって。写真を、見せられた」  そう語る景の瞳が、過去に沈むようにふっと曇った。濃密に漂い始める緊張感に、理人はごくりと息を飲む。 「『この年でようやく、運命を感じる相手と出会った』、『可愛くてしょうがないんだ』って、高科さんはずっと惚気ていたよ。酒も入っていたし、ややこしい案件を片付けたばかりだったから、気も緩んでいたんだろう。……ただ俺は、平静を装うのに必死だった」 「……景」 「久々に理人の顔を見られて、嬉しかったっていう想いもあったよ。だけど……すごくショックだった。悔しくて悔しくて。にやけ顔で理人とのことを語る高科のことが憎らしくて……。あの時、暴れ出さなかった自分を褒めてやりたいよ」  ぎゅっ……と力を込めて握られた拳が白くなる。  景はじっと理人のつま先のあたりを見据えながら、さらに続けた。 「そこからの俺は、ちょっとおかしかった。何とかして理人を取り返したくて、そのためにはどうしたらいいかってことばかり考えるようになった。すぐにでも本局に戻れるように手を尽くしたり、一見完璧なアルファに見える高科の汚点を探してやろうと躍起になった。……それに何度か、我慢できなくなって理人の家にも行ったことがある」 「えっ……? ほ、ほんとに?」 「……でも、理人はすごく幸せそうだった。大人になって、昔よりずっときれいになって、満ち足りた表情をしてた。……あぁ、俺のことなんてもうすっかり忘れてしまったんだと思うと、苦しくて……もっともっと、高科のことが憎らしくなったんだ」  景は一旦言葉を切って、きつく唇を引き結ぶ。  そして苦いものをかみつぶしたような表情で、こう言った。 「人を使って、高科のことを調べ尽くさせた。いくら完璧なアルファだって、過去に何かしらのほころびはあるだろうって、無様に粗探しさ。……結局、かなり時間を食ってしまったけど、思っていた以上に大きな事件と関わってたことが分かった」 「……それがあの、人身売買、ってこと?」 「そうだよ。年齢でいうと、当時、高科は二十代前半だ。その時の高科に何があったかは分からないが、あいつはオメガ売買の組織にいて、理人の家族を……」 「…………やめろ!!!!」  唐突に自分の口から破裂した大声に、理人自身も驚いていた。はぁ、はぁ、と徐々に荒くなり始める呼吸につられるように、胸がキリキリと痛み出す。 「……まだ、信じられないんだよ!! あいつが、そんなことするなんて……!!」 「……」 「どうして!? どうしてだよ!! どうして俺を番に選んだんだ!? 何か目的があったっていうのかよ!? これまで俺が見てきたあいつは、全部偽物だったのか!? どうして……っ……!!」  疑惑と恐怖の混乱で、頭が爆発しそうだった。理人は腕を持ち上げて、ぎゅっと自分自身を抱きしめた。それでも全身の震えは止まることはない。  だがそんな理人の身体を、景がぎゅっと抱きしめる。  ワイシャツの襟元からふんわりと香る甘い香りと、ぬくもりに包み込まれる安堵感で気が緩みそうになるが、理人はぎゅっと目を閉じて景の腕を荒々しく振り払い、荒々しく立ち上がった。 「お前もっ……!! 何なんだよ!? 何の目的で俺の前に現れたんだ!? これまでずっと連絡の一つもよこさなかったくせに急にのこのこ出てきやがって!! ふざけんじゃねぇよ!! どんだけ必死にお前のこと探してたと思ってんだ!!」 「……理人、聞いて」 「お前の話なんか聞きたくねーんだよ!! 知りたくなかったよ本当のことなんて!! 良知のことも、お前のことも、もう何も信じられない!! とっとと俺の前から消えてくれ!!」  不信をぶちまけるようにそう喚き散らすと、さすがの景の表情も険しくなる。それでも、理人は言葉を止められなかった。   「俺のことが好きだったとか、それも嘘なんだろ!? 何か目的とかあるんじゃねーのかよ!! 良知だってきっと、俺のことずっと騙してたに決まってる!! 俺があん時殺しそこねた子どもだって気づいて、監視するために俺と番っただけだったんだろ!!」 「……もういい」  音もなく立ち上がった景に両肩を掴まれ、有無を言わさぬ力でベッドに押し倒された。  そしてぐいと顎を掴まれ、景の唇で言葉を封じられてしまう。強引に口内を搔きまわす舌と、たおやかな見た目からは想像もできないほどの強い力でねじ伏せられ、理人は脚をばたつかせて抵抗した。 「っ……触るな!! 触んじゃねぇよ!!」」 「…………あいつの名前を、俺の前で何度も何度も口するな」 「……はぁ?」 「俺の気持ちは本物だよ。それを疑うことだけは、して欲しくないな」  低く凄む声に、ゾッとした。  景は昏い瞳をふっと持ち上げ、射殺すように鋭い視線で理人を黙らせた。  だがその直後、景はねっとりととろけるように甘い微笑みを浮かべ、指の背でするりと理人の頬を撫でた。 「……っ」 「理人も、俺のこと必死で探してくれてたんだね。……嬉しいな」 「け、景……お前……」 「ねえ、どうして? どうして俺を探してくれたの? 理人も、俺のことが好きだったから?」 「っ……それは……」 「ねぇ、教えて?」 「い、今はっ……そういう話してる場合じゃっ……ァっ……」  景の指が、理人の手首に食い込んだ。骨が軋むほどの力でベッドに押し付けられているのに、理人の唇を吸う景のキスは、とろけるように甘く優しい。 「ん……けいっ……やめっ……」 「俺だって、ずっと理人に会いたかった。理人だけが、俺の希望だったんだ。理人のところへ戻りたくて、俺、めちゃくちゃ頑張ったんだよ……?」 「ぅっ……ンっ……」  景の舌が、理人の舌に濃密に絡みつく。抵抗を許されずきつく拘束されながら、吐息を奪うかのような激しいキスを浴びせられる。こんなことをしている場合ではない、景の思惑を明らかにしなければと思うのに、与えられる濃厚な快楽のせいで、理人の頭はだんだんぼんやりと痺れてきた。 「うっ……ふぅっ……」 「ふふ……キスが好きなの? 昨日車の中でキスした時も、理人はすぐにトロンとした顔をして、可愛かったもんなぁ」 「っ……あれは、違っ……!」 「あぁもう、俺はこの気持ちを隠しきれないよ。……もう誰にも渡さない。理人の全部を俺のものにしたい」 「んっ……!!」  ぐ、ときつく股間を握られて、理人はくぐもった悲鳴をあげた。だが景は唇にあやしい笑みを浮かべたまま、ぐにぐにと理人の股座を嬲りつつ、巧みなキスで理人の理性を壊していく。  するといつしか痛みとともに、確固たる性的な快感が理人の奥でくすぶり始めた。硬く主張しはじめた理人のペニスを見下ろして、景はうっとりと妖艶な笑みを浮かべた。 「無理矢理こんなことされてるのに、気持ちがいいの? あの男に、随分いやらしい身体にされちゃったんだね」 「や、っ……やめろ、景っ……!! ァっ……やだっ……」 「ほら……どんどん硬くなる。子どもの頃の理人は、ものすごくうぶで可愛かったのになぁ」 「や、やめっ……ンっ……やだ、見るなっ……!!」 「見られたくないの? 恥ずかしいんだ」  景は喉の奥でくくっと笑うと、理人のペニスをいたぶりながら、赤い唇を耳元に寄せてきた。  そして、天使のような優しい声で、うっそりとこう囁く。 「憎めよ、もっと」  理人はハッとして、涙目のまま景を見上げた。  すると景は花のように美しい笑顔で、ぬるりと理人の耳穴を舐めくすぐる。 「あんなアルファのことなんかとっとと忘れて、俺だけを見て」 「……は……」 「あいつは理人の家族を壊した張本人なんだぞ? もっと憎んで、憎んで、俺のところに戻って来てよ」

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