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26 、首輪の持つ意味

   無性に理人に会いたかった。  気づけば景は、アポも取らずに理人のマンションまで訪れていた。連絡もなく、こんな夜遅くにやって来しまい、さぞかし嫌がられるだろう……と思いながらも、エントランスのインターホンのボタンを押す。 『はい……、あれ? 景!?』 「あ……ごめん、急に」 『ううん、いいよ。入って』  最初こそ、スピーカーからは訝しげな声が流れ出していたが、景の姿を見てすぐ、理人はロックを解除してくれた。いつものように部屋の前まで歩いてゆくと、景がドアの間に立つ直前で、ガチャリと扉が開いた。  理人の顔を見た瞬間、ホッとした。  部屋の中に招き入れられた瞬間、景は鞄を手放して、ぎゅっと理人を抱きしめる。 「どうしたんだよ、こんな夜更けに」 「……ううん。なんか理人の顔が、無性に見たくなってさ」 「そ……そうなんだ」  もう眠るだけだったのだろう、理人はだぼっとしたゆるいTシャツに、ハーフパンツという格好だ。洗い立てのふわふわの髪の毛が心地よく、景は何度か頬ずりをして匂いを深く吸い込んだ。 「はぁ……落ち着く」 「どうしたんだよ、なんかあった?」 「別に。ちょっと顔を見たかっただけ。すぐに帰るから」 「え? いや別に帰らなくても……」  そっと景の背中に腕を回しながら、理人がおずおずそう言った。景はふふっと微笑んで、いたずらっぽい口調でこう尋ねた。 「泊まっていいってこと? 明日の仕事、つらくなるかもしれないけど」 「バッ……馬鹿! 別に、そういうことしようって言ってるわけじゃねーだろ」 「ふうん、そうなんだ。したくないの?」 「……っ」  思わせぶりに囁きながら、理人の耳にキスをする。すると理人はぐいと腕を突っ張って景から身を離し、怒ったような顔をした。 「ふざけてる場合じゃないから! 届いたんだよ!」 「? 何が」 「このネックガードの、鍵だよ。ロック解除用の暗証番号が、さっき届いたんだ」 「えっ、本当に?」  理人は景の手を引いて部屋へ戻ると、ローテーブルの上に置かれた封書を手に取った。すでに封の切られたそれの中から、すっと一枚の紙を取り出して、景の前で広げて見せる。 「……今外そうか、景の前で外そうかって……迷ってたとこ。そしたらお前、急に来るんだもん。びっくりした」 「そうなんだ……」 「今、外そっか……?」  ベッドに座った景の隣に腰を下ろして、理人は掬い上げるよな眼差しで景を見つめた。答えを迷うこともなく、景は二度三度と頷いて、暗証番後の書かれた書類を引き受ける。 「今、外そう。それで俺が、理人に新しいのをつけてあげる」 「……う、うん」 「まだためらってるの?」 「いや、そうじゃなくて。……なんか、照れ臭いな……って」  そう言うや、理人は眉間にしわを寄せたまま、頬を赤らめて目を伏せた。  アルファからネックガードを贈られ、それを首に装着してもらうという行為は、『今後一生、あなたの支配を受け入れます』という誓いの証でもある。もっとも、景と理人は互いにオメガだが、意味合いは変わらない。 「あ……ごめん、大事なことなのに、こんなバタバタした状況で……」 と、景は思わず謝っていた。理人を早急に自分だけのものにしたいと気が急いて、ことの重大さをすっかり忘れていたのである。  だが理人は首を振り、今日始めての笑顔を見せてくれた。理知的な目元が柔らかく細まり、口元が優しくほころんで、なんとも言えず愛らしい表情になる。 「ううん、いいんだ」 「理人……」 「ほら、外してくれよ。それで早く、お前のくれた首輪で、俺を繋いで」 「首輪って言い方しなくても……」 「俺たちはオメガ同士だ。このネックガード以外で、俺たちの絆を証明することはできないだろ? 俺、俺は早く、景との関係に形が欲しい」 「絆の証明、か……」  アルファがオメガのうなじを噛めば、そこにはくっきりと消えない噛み跡が残り、互いの絆がしっかりと見に刻まれる。それ以上に、番となったアルファとオメガは、互いのフェロモンにのみ発情するようになり、他の個体を引きつけることはなくなるのだ。これ以上、分かりやすい証明など存在はしないだろう。  だが、景と理人はオメガ同士で、互いを縛るのは感情のみ。法的な契約も何もない現状だ。二人の繋がりを形にするのは、この銀色の首輪だけ。  理人は目を閉じ、喉仏の下あたりにある銀色のプレートが見えやすいようにと、軽く顎をあげた。そこには小さな文字盤とテンキーが収まっている。 「ほら、やって」 「ああ……外すよ」  かすかに震える指で、書面にある10桁のナンバーを慎重に押してゆく。理人もやや緊張気味なのか、とくとくと脈打つ白い喉が、何度も小さく動いている。  10桁目の番号を教えおると、カチリ……と鍵の外れる音がした。シルバーのプレートから黒革のバンドがするりと外れ、あっけなく、『亡き番』からの贈り物が理人の首から離れてゆく。  これで理人はもう、誰のものでもなくなった。  滑るように手元に落ちたネックガードを、理人はきゅっと手の中に握り込む。そして、守るものが何もない露わな首筋を手で触れた。  その動作が妙に色っぽいものに見え、景はごくりと息を飲む。  ――これで理人は、俺のものになる…………  ぞわぞわと身体の奥底から湧き上がって来る興奮と、歓び。景は荒ぶりそうになる呼吸をゆっくりと鎮めつつ、黒革のそれをしげしげと見つめている理人の首筋を、じっと見吸えた。  景はオメガだ。アルファの気持ちなどわかるはずもない。だが、今ははっきりと、理人のうなじを噛みたいと思っている。それはアルファの真似事にしかならないと分かってはいるけれど、理人の艶かしい首筋を目の当たりにして、景の中の雄はひどく滾っていた。  だが、理人はのんびりしたものだ。首をさすりながら、無防備な表情で景を見る。 「何もつけないなんて、何年ぶりだろ」 「えっ……? あ、ああ、そうだよな」 「なんか変な感じ……ぁっ」  そう言って、ちょっと嬉しそうにしている理人を抱き寄せ、間髪入れず首にキスをした。  これまで阻まれていたものがなくなった。高科の存在を意識せざるを得なかった。今は、理人を縛るものは何もないのだ。 「っ……けい……」 「ハァ……理人……」 「ちょっ……なんだよ、いきなりっ……ンんっ……」 「俺にも、噛ませて? ここ、理人のここ……噛んでみたい」 「い、いいけどっ……どこ触って……ぁっ……」  気づけば、理人の股座にまで手が伸びている。首筋を甘噛みし、舌を這わせながら、少しずつ芯を持つ理人のそれを、ハーフパンツの上から撫でさする。 「ぁん……はァ…………景……」 「きれいな首筋……何か、すごくエロい」 「ふぅっ……ァ、はぁっ……ちょ、待っ……んンっ……」  ひたすらに首筋を舌で愛撫しながら、理人をベッドに押し倒す。無骨なレザーの匂いは消え、純粋な理人だけの匂いに、身体の芯から興奮した。  そのまま理人を抱いてしまおうとネクタイを緩めかけたその時、フローリングの上に落ちた黒革のネックガードが目に入ってきた。  そして、テンキーのついていたシルバープレートの裏に、何やら不審な隙間が空いていることに気づく。 「……景?」 「ちょっと待って。……何か、ある」  景はベッドから降りると、すっとそれを拾い上げ、目線の高さに持ち上げた。よく見るとテンキーの蓋が緩んでいる。その隙間に爪をかけ、少し力を込めてみると、それは容易くぱかりと開いた。 「……何か、あるぞ」 「え? こんなとこに、何?」 「分からないけど……ほら」  景の指先に乗るほどの、黒く小さな円筒状のチップ。  二人は目を見合わせた。 「……マイクロチップだ。これまさか……良知が? 何だろう」  番のネックガードに隠されていたマイクロチップ。それは何故だか、景の胸をざわざわと騒がせた。これは高科が、理人に何かしらの情報を伝えようとして遺したものとしか思えない。  しかも、こんな形で。ネックガードを外さなければ、見ることのできない場所に隠されているなんて―― 「そうだろうな。すぐに情報を見たい。どこかで解析を……」 「それなら、俺の職場へ行こう。うちのAI研究所で、患者にマイクロチップをインプラントする研究をやってるところがある。そこなら、情報を見られると思うから」  冷静な口調でそう言いながらも、マイクロチップを食い入るように見つめる理人の瞳には、怪訝さと好奇心のふたつが揺らめいている。  景は深く頷いて、ぽんと理人の肩に手を置いた。 「こんな時間でも、大丈夫か?」 「大丈夫だと思う。研究員は二十四時間入室OKだし、AI研究所には大学の同期がいるから……すぐに連絡してみるよ」 「そうか、頼むよ」  ――高科は、一体何を遺そうとしたんだ。  そこに何が隠されているのかは分からない。だが、そこには景も理人も知らない真実が秘められているような気がする――景の直感はそれを感じ取っているのか、気が急いて落ち着かない。  気軽な口調で仕事仲間に電話をかけている理人の後ろ姿を見守りながら、景は改めてネクタイを締め直した。

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