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28、力と力〈景目線〉

 景はスラックスのポケットに忍ばせていたICレコーダーを取り出して、目線の高さに掲げて見せた。 「一応録音はさせてもらった。……でもあんたの言う通り、どこに出したって、全部もみ消されるだけだろうけどな」 「おや、物分かりがいいですね。まったくその通りですよ」  景はICレコーダーをぽんとソファの上に投げ出して、ゆっくりと目を伏せた。  その表情を降参と受け取ったのか、美園は楽しげに口元を緩め、滑らかな足取りで景のそばへ歩み寄る。そして、景のネクタイを、しゅるりと緩めた。 「高科くんも馬鹿な男だ。身分がバレたあと、秘密を守ると泣いて誓ったから、生かしておいてやったのに」 「……高科の事故にまであんたが関わってるのか。お前が殺したのか?」 「ふん、事故でしょう? 不審な形跡は、何も残っていなかったというんだし」  ふ、と美園は思い出し笑いを堪えるように口元を手で抑えた。  その狡猾な表情が、全てを物語っている。景は汗ばむ拳を握りしめた。 「……なるほど、不都合な証拠なんて、全てなかったことにすればいいだけの話、ってことか」 「まぁ、そういうことですね。いきなり呼び出しをかけてくるので何事かと思えば、過去のことをぐちぐちと責めてきて。『弁護士として、理人の番として、あんたの罪をこれ以上隠しておくことはできない』だなんて正義感ぶって……。だから、取引に応じると言って彼を現場に誘い出したんです。のこのこ一人でやってくるなんて、馬鹿正直にもほどがあると思いませんか? ……そこで人生が終わるとも知らないで」  そう言って、美園はこらえきれないといった様子で笑い出す。声を高らかにあげて笑う美園の姿は言いようもなく不気味で、理解しがたいほどの悪に染まっている。  こんな真実によって傷ついた理人を想うと、内臓が沸き上がってしまいそうなほどに憎しみが募る。そして、その情報に踊らされた自分自身の馬鹿さ加減にも、心底反吐が出る思いだった。何もかも、この男の掌の上で起きていた出来事なのだから。 「君の愛しいオメガくんも、この情報を知ってしまったのかな?」 「……」 「沈黙は肯定とみてよろしいですね? おそらくこれらのデータは、彼のネックガードからでも出てきたものなのでしょう。薄々、そんな予感はしていたんですよ」 「だから理人に近づこうと?」 「ええ、まぁ。……でも、表沙汰になったところで、痛くも痒くもありませんがね。ただ単純に、アルファに拒絶反応を持つ、傷ついたオメガを犯すのが、大好きなだけですよ」 「っ……なんだと……!?」  景の反応を見て美園はうっそりと笑っている。露わになった銀色のネックガードに指先を這わせながら、美園は恍惚とした声でこう語った。 「哀れな生き物ですね、オメガというのは。命を育む性でありながら、こうしておもちゃのように弄ばれ、同時に、弄ばれることに快楽を見出さずにはいられない」 「……どういう意味だ」 「君だってそうでしょう? 情報のためと言いながら、僕とのセックスを楽しんで。何回イッたの? 僕のコレで中を突き上げられて、いやらしく腰を振って、たくさんたくさん精液で汚されながら、何度絶頂を楽しんだんですか?」  起動したままのICレコーダーにあえて声が入るように、美園は大きな声でそう言った。おぞましさと屈辱感で全身が固く強張ってゆく。 「アルファが嫌いだとかなんとか言いつつも、僕のコレが大好きなんでしょう? 揺さぶられながらヨガり狂ってる君があまりにも可愛いから、ハメ撮りさせてもらったこともありましたよね?」 「……まだ持ってるのか、あんなもの」 「そりゃあね、貴重じゃないですか。君のように美しいオメガを欲する強欲なアルファは、掃いて捨てるほどいるんです。どうですか? その映像を取り返すという名目のもと、もっともっとたくさんのアルファに抱かれてみるというのは」  シャツから覗く景の白い首筋を見て、美園はまた舌なめずりをした。ほっそりと引き締まった肌に、美園の指が這い回る。  ぎり……と奥歯を噛み締めながら美園をきつく睨み付けると、その表情がさらに恍惚としたものへ変貌していく。 「ふ……いい表情ですね。とても綺麗ですよ」 「オメガを侮蔑するあんただって、オメガから生まれてきたのにな」 「母のことは尊敬していますよ? 彼女はうまく女の魅力を利用して、美園の家名と莫大な財産を手に入れた売女だ。あの堅物に取り入った手腕は大したものです」 「……あんたと話してると、反吐が出る」  景はそう吐き捨てると、美園の手を乱暴に振りほどいた。  そして今度はジャケットのポケットから通話状態スマートフォンを取り出して、美園の前で会話を始める。 「理人。……今の会話、伝わったかな」 『うん……全部クリアに聞こえたよ』 「そう。……了解だ」  ぷつ……と通話を切り、景はスマートフォンをポケットに仕舞う。  美園は尚もにやにやと勝ち誇った笑みを浮かべたままだ。 「準備のいいことですね。でも、そんなこをとしても無駄だと言っているでしょう? 会話を録ったところで……」 「理人のネックガードから出たあの情報は全て、理人の雇用主である綾世総合病院の院長に託してある」  景は極めて事務的な口調で、美園に向かってそう言った。  美園が一瞬、目を眇める。 「綾世……? あの、大病院の院長ですか。それが何だというのです」 「綾世氏は一般家庭出身で、独り身のオメガだ。それにもかかわらず、あの若さで、あの地位と大規模な研究設備を有しているのは、何故だと思いますか」  シャツの襟を正しながら、今度は景から、ゆっくりと美園に歩み寄る。美園はなおも怪訝な目つきだ。 「あの人のバックには、国城財閥の存在があるからです。ご存知ありませんでしたか」 「国城……財閥」 「綾世氏は国城家を通し、これらの情報を全て公表すると言っておられます。警察の介入はさせません。……この意味が、分かりますか」  美園の瞳に、初めて苦々しいものが走る。それははっきりと、敗北感を感じさせる揺らぎだった。  醜く歪んでいくその表情を目の当たりにして、景はようやく、唇に笑みを浮かべた。  国城家は貿易事業で成功を収め、何世代も昔から栄華を極める大財閥だ。潤沢な資産を持ち、世界中の企業に融資を惜しまず、様々な事業を飛躍させてきた実績もある。昨今は、中東における油田開発にも力を入れているらしい。  しかも国城家は、政界との繋がりも深いのだ。  財界においても、政界においても、国城家は美園家をはるかに凌駕する権力と影響力を持った一族。  力では到底敵わない相手を表に出されたせいか、美園はこれまでに見たことがないほどに憎々しげな表情を浮かべていた。これまで見せていた余裕が、全て剥がれ落ちてしまったかのように。  権力に頼ることなどしたくはなかったが、これ以上、警察組織を根元から腐らせている美園一族を野放しにはできない。なにより、理人の身の安全を守るためにも、高科の無念を晴らすためにも。 「罪は、正しく裁かれるべきだ。警察組織を腐敗させ、権力を用いて真実を捻じ曲げてきたあんたら一族の行いは、許されることじゃない」 「ぐっ……傷物のオメガ風情が出しゃばった真似を……!! そんなことをして、許されるとでも思ってるのか!!」  ギリ……と美園が忌々しげに舌打ちをした。ぶるぶると震える手が持ち上がり、景の首元に掛かろうとした。  その瞬間、景はすっと身を引く。空振りしたことでさらに激昂したのか、美園は景に掴みかかろうと遮二無二腕を伸ばしてきた。  冷静さを欠いた美園の動きは緩慢で、隙だらけだ。景は鈍く空を切った美園の腕を捕らえ素早く懐に入り込み、美園に背負い投げを食らわせた。  高級な絨毯の上にあっけなく倒された美園は、血走った目で景のことを睨み上げている。だが、それ以上反撃して来ようとはしなかった。 「ふざけるな!! 許されないことをしていたのは、お前らのほうだろうが!!」  景は床に座り込んでいる美園の襟首を掴み、怒気を露わにした声を張る。そして荒々しく、美園を床に突き放した。 「美園一族の没落が楽しみですね。……では、よい夜を」  冷え冷えとした憤怒の視線で美園を射抜き、景はそのままホテルの部屋を後にした。

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