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34、ふたりきり

  「なんか……すごかったな……なんかすっごい、すごかったな……」 「うん、そうだね」 「もうさ、なんていうの? フランス人形? あんな感じだったよね。もうさ、アルファなんだかオメガなんだか人間なんだか分かんないくらい、すごかったよなぁ……」 「うん……そうだね」 「しかも俺らと同い年とか……はぁ、なんかほんと、すごいよなぁ〜」 「……」  令のオフィスから景の自宅へとやって来た理人は、いまだにぼうっとしたままだ。国城葵のきらびやかかつ高貴なオーラに、すっかり呑まれてしまったのである。  そんな理人を相手に、景は淡々と着替えを始めた。 「ていうか、葵さま葵さまって……さっきからしつこい」 「え、まじ? ごめん……ってか、やきもち?」 「いやいや……。あの人は、やきもちを妬くのもおこがましいほどの相手だし……けどまあ、やきもちか」 「あ、やっぱり……ごめんごめん、悪かったよ。景が嫉妬深いの忘れてた」 「……嫉妬深いって」  ついにはふてくされてしまった景を宥めるべく、理人は景の頬に軽くキスをした。景はなおもむすっとした顔をしているけれど、気を取り直すように肩をすくめた。 「ていうか、葵さまの顔、見たことなかったの? 経済誌によく載ってるじゃないか」 と、景はどことなく憮然とした口調で、ワイシャツを脱いでいる。理人はソファの上で膝を抱えて、「俺は化学者だ。そんなもん読まない」と言った。 「それに、一般庶民には関わりのない人種だし……そう思うと、景の家ってすごいんだな」 「まぁ、そこそこにね」  景はぱたん、とクローゼットを閉じ、だぼっとした黒いTシャツと細身のジーンズというラフな格好になった。景の私服は相変わらず見慣れないため、ついついしげしげと見つめてしまう。  私服だとネックガードと首筋が丸見えで、なんだかすごく、見てはいけないものを見てしまっているような、落ち着かない気分になる。 「て、ていうか……良かったじゃん。親父さんのこと」 「ん……まぁ、そうだな」 「素直に喜べよ。また家族に戻れるってことだろ?」 「戻る……か。父には厳しく接せられた記憶しかなかったけどな。……まぁ、本心が知れて、ホッとしたのは事実か」 「そうだよな」  理人が屈託無く笑うと、景はふっと微笑んだ。ソファに座る理人の隣に腰を下ろし、テーブルの上に置かれたペリエの瓶に口をつける。 「それに、俺とのことも許してくれるなんて。親父さん、よっぽど景に会いたいんだな」 「うん……そうなのかな。まぁ理人のことを反対されたら、完膚なきまでに縁を切るつもりだったけどね」 「言うことが激しいなぁ、景は」  そんなことを言いながら、理人は景の蜂蜜色の髪に触れる。柔らかな髪が指に絡みつく感触が気持ちよく、理人はしばし景の頭を撫でていた。  心地好さそうな顔でされるがままになっていた景だが、ふと長い睫毛を持ち上げ、いたずらっぽく理人を見た。 「……撫でてくれるんだ」 「いや……髪、気持ちいいなと思って」 「手つきがエロいな。誘ってるの? 理人」 「えっ!? い、いや、そういうわけじゃねえし!」  景はすっと理人の手首を取り、その指先にチュッとキスをした。そして唇から赤い舌を覗かせて、理人の指の腹を思わせぶりにちろりと舐める。  熱く濡れた舌が指先を這う感触は官能的で、理人の背筋がぞくぞくっ……と快感に震えた。 「ん……」 「理人に挿れられるの、すごく良かったよ。理人はどっちが好きなんだ?」 「どっちって……」 「攻められるのと、攻めるのと……どっちがイイ?」 「んっぅ……」  妖艶な目つきでそんなことを尋ねながら、景は理人の指を軽く口淫した。  形のいい唇で、淫らに動く巧みな舌技で、景は理人を誘惑する。理人の呼吸はあっさりと昂ぶって、どんどんいやらしい気分にさせられてしまう。 「……どっち、って……決められない」 「そう? じゃあ今は、どういう気分?」 「ん、ぁ……」  景はちゅぷん、と音を立てて理人の指を唇から引き抜くと、理人を背もたれに押し付ける。そしてふわりと理人の上に跨り太ももを膝で割ると、真上から食らいつくようなキスを浴びせてきた。 「ぁ……ぁっ……ふ、ン……」  フェラチオを彷彿とさせる舌の動きで、理人の舌を愛撫する。とろりと流れ込んでくる景の唾液は、何故だか蜜のようにひどく甘い。気づけば理人は夢中になって、景とのディープキスを味わっていた。 「ん、んっ……ぅン……」 「今日はされる方がいいの? おとなしいじゃないか」 「だ、だってお前がエロいことしてくるからっ……!! それに、ヒートの時はもっと、かわいかったし……」 「ふふっ……正気の俺は可愛くない?」 「んんっ」  からかうような口調でそんなことを言いながら、景は理人の手を自らの尻の方へと回した。ジーパン越しに触れる景の双丘の感触で、あの日景とセックスに没頭した時のことを思い出す。 「そ……そっちこそ、誘ってんの? 挿れて欲しいの?」 「んー、どうしようかなぁ」 「な、なんだよ余裕ぶりやがって」  今度は理人がムッとする番だ。力なく景のシャツを掴んでいた手を持ち上げて、ぐっと荒っぽい手つきで景の腰を引き寄せる。急に密着する格好になり、すでに景のそれがしっかりと主張していることに気づいた理人は、思わず頬を赤く染めた。  それを見て、景がくすりと微笑んだ。 「指フェラしてたら、なんか興奮してきちゃったんだ」 「……っ、ほんとに?」 「俺のこと触って、理人。どこでもいいから」 「へっ」  景は優しい眼差しで理人を見下ろしつつ、身をくねらせて、だぼっとしたシャツをするりと脱ぐ。引き締まった身体だが、なめらかな肌や胸の尖は素晴らしく敏感であることを思い出し、理人は思わず喉を鳴らした。  そっと手を伸ばし、ジーパンと腰の境目を指でなぞってみる。すると景は、締まった腰を艶っぽく揺らして、舌なめずりをした。 「ん……は……」 「きれいだ……すごく」 「葵さまに惚れ惚れしてたくせに?」 「そっ、それとこれとは話が別! お前だって見惚れてたじゃん」 「まぁね。……ふ、ふふっ、くすぐったい」  腰を両手で包みこむと、景は身をよじって楽しげな声をあげた。  ここ最近、景はよく笑うようになった。以前のような影のある笑みではなく、子どもの頃のような素直な笑顔で。  景が笑っていると嬉しくなるのは、今も昔も同じだ。理人は景を引き寄せソファに押し倒し、なおも笑みを浮かべる景を、視線で愛でた。 「お前の笑ってる顔が、好き」 「……え?」 「景が笑っててくれたら、俺……それだけですごく幸せだ。お前が好きだから」 「理人……」  不意打ちの愛の言葉に、景がかすかに目を見張る。  そしてすぐに柔らかく表情をほころばせ、とろけるように甘い笑顔を見せた。 「……なんか、挿れられたい気分になってきた」 「えっ、ほんと? いいの?」 「うん……いいよ」 「やったね」  こつんと額を合わせて、笑い合う。  そして、理人は景と唇を重ねた。  キスをしながら肌を撫でれば、高まる吐息に艶が増す。  理人の愛撫を受け入れて、身体を許す景の全てを、丁寧に、丁寧に暴いていく。  ――やっと、番えた…………  ふと、そんな言葉が脳裏に浮かぶ。  はっきりとした形はなくとも、二人を繋ぐ絆の熱を、理人は確かに心で感じた。

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