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透1

水しぶきの音と子供たちのはしゃぐ声が響く。 今日は快晴で絶好のプール日和だった。 「ちゃんとシャワーで体洗うんだぞ」 透は大きな声で、プールから上がる子供たちに言った。子供たちは楽しげにはしゃいで、透の注意など聞いていないようだ。 「こら、走るな!」 ふとプールの方を見ると、中央のあたりにゴーグルがぷかぷか浮いている。誰か忘れたらしい。 透は羽織っていたパーカーを脱いで、プールに入った。 浅いプールをじゃぶじゃぶと歩き、ゴーグルを手に取った。 冷たい水が気持ちいい。憂鬱だった気分が少しだけ軽くなる。 水から上がると「中川先生」と、声をかけられた。 「黒田先生」 通りがかったのか、プールサイドの金網に手をかけ、同僚の教師がこちら見ていた。 透はこの教師のことがなんとなく苦手だった。 今まではお互いに個人的な付き合いはなく、学校内で関わるくらいだった。 いつからだろう、黒田は透を見かける度に声をかけるようになった。 「お疲れ様です」 黒田は爽やかな笑顔とは裏腹に、ねっとりとした視線で透を眺める。 今、透は濡れた水着を着ているだけだ。 水が滴る腰から脚のラインを舐めるように見られている気がする。 まるで視姦されているような気分になって居心地がわるい。 ───まさか。意識しすぎだ。 透はパーカーを羽織った。 さっさと会話を切り上げたかったが、黒田はまだ透に話しかける。 「明日はお休みですね」 「ええ」 「今日、良かったら飲みに行きませんか?」 「……ああ、すみません。ちょっと約束があって」 まただ。もう何度も黒田に誘われているが、透はやんわりと断り続けていた。 いい加減、仕事以外で付き合うつもりはないと気付いてくれてもいいものを……。 「誰と?」 「えっ」 黒田の目がじっと透を見る。 「……大学の頃の友人で、久しぶりに会うんです」 この目が苦手だ。 黒田は外見だけなら、透よりも見目が良い。 180を超える長身に、堀の深い整った顔。かけているメガネも知的な雰囲気を醸し出している。 生徒の母親連中からも受けが良かった。 愛想が悪いわけでもない。 むしろ逆で、物腰も柔らかく、常に微笑を浮かべている。 それでも、苦手だった。  以前まではそれほど接点もなく気にしていなかったが、毎日声をかけられる今ではハッキリと避けたいくらいだ。 「そうですか。残念です。また今度、時間を作ってくださいよ」 透はあいまいに笑って答えなかった。

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