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夏期休暇3
近くのパーキングに車を停めて、二人は少し歩いた。透がよく行くという居酒屋に着き、のれんをくぐると明るい声が出迎える。
「あら~、透ちゃん先生! いらっしゃ~い」
透の家の近所の夫婦で営む小さな居酒屋だ。
ご主人は細身で寡黙な人だが、奥さんは小太りでパッチリした目をしている。若い頃は美人だったのだろうな、と思わせる明るい笑顔の人だ。
「ちょっと早いけどいいですか?」
「透ちゃん先生なら歓迎やで。あらっ! そちらの男前は?」
奥さんは関西出身で、人見知りしない女性だ。
「あ、幼馴染なんです」
「はじめまして」
彰広が珍しくにっこりとほほ笑む。
「やだ~!! めっちゃ素敵やん。おばちゃん惚れてまうやろー!」
奥さんは彰広を見てテンションが高くなっていたが、ご主人に窘められて、奥のこじんまりした座敷に透たちを通した。
「おい、あれ……」
「聞くな。慣れろ」
彰広が思わず聞いてきたのは、奥さんの着ているTシャツのことだ。
フロントはエプロンで見えていなかったが、後ろを向いたときにヒョウ柄プリントの中に、けっこうリアルな虎とシマウマとキリンとゴリラのイラストが入っていた。
いつも強烈なTシャツを着ているが、なぜか似合っていて、この居酒屋の名物奥さんなのだ。
「ビールでいいか?」
とりあえずビールと、何品か注文して一息つく。
「彰広、今日はどうしたんだ? 学校まで迎えに来たり、俺の部屋に来るとか……」
「別に。お前が先生面してるところを見たかったのかもな。中山先生」
「やめろって」
彰広がにやりと笑う。
透は少し照れて、ビールを飲んでごまかした。
……いつもと違って調子が狂う。
本当にどうしたのだろう?
こうして彰広と昔のように軽口を叩いて過ごすことが嬉しくもあるが。
なぜだろう? いつもと違う彰広に、少しだけ不安を感じる。
彰広と会っていなかった七年間、そしてあの密室での三日間を経て半年の空白のあと、今までにないくらい彰広と透は求め合っていた。
順調すぎて不安なのだろうか……?
「おふくろさん、元気か?」
「ああ。相変わらずだよ」
彰広は子供の頃、よく透の家にご飯を食べに来ていた。
幼い頃は知らなかったが、彰広の母親は不倫相手と家を出て行ったのだ。まだ幼い彰広を捨てて。
「小学生の頃、お前のおふくろに『あっくん、うちは無塩バターよ?』って毎回言われてたが、あれ何でだったんだ?」
彰広は思い出したように透に聞いた。
「あ~……あれは、母さんケーキ作ったりパン作ったりするの好きだったろ? 残ったケーキ用の無塩バターを朝食のトーストに塗るんだよ。俺がマーガリンがいいって駄々をこねたことがあって、それで……」
彰広は声を出して笑った。
子供の頃、二人はずっと一緒だった。懐かしい思い出に昔話に花が咲く。
楽しいはずなのに、透はどこか不安をぬぐえなかった。
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