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第3話 どっちなんだろ?

 貧乏くじを引き当てる運しかないけど、それ以外はてんでダメだけど、でも、だからって悲観的になってたら余計に運がなくなりそうじゃん。 「えっと、シナリオ部門の進捗確認を絵コンテのほうのタイミングと……」  だから、しょぼくれたりなんてしない。  男に二股の後、振られたって、仕事で大失敗したって、朝日は昇る。寝れば、昨日根こそぎ取られたHPだって回復する。 「あ、あれ? 絵コンテの確認のタイミングは、えっと、えっと」  昨日取りまくったメモはところどころ字が解読不能で、なんとかそれを紐解きながら、電車の中で必死に復習していた。  本当にやることがいっぱいすぎてさ、昨日教えてもらったことを朝のうちに確認しようと思ったんだ。けど、それだけで、頭の中はパンク寸前。絵コンテのタイミングはシナリオより先か後かどっちなんだろう。この矢印は実績照会のほうに向かってるけど、でもさ、これって。 「須田っ」 「んぐっ」  一瞬、息ができなくなって、昨日色々詰め込んだ頭の中が大混乱すぎて天に召されたのかと思った。 「バカ、柱に激突するぞ」 「……あ」  ワイシャツの襟を引っ張って止められた自分の目の前には「さぁ、今年の夏はこの水着!」っていう清々しいポスターの、ちょうど良い感じに、男性モデルの股間があった。くそう、なんでもっとぴったりした水着じゃないんだ、なんて思うあたり、しっかり俺のHPは回復してるみたいだ。 「え? あ」 「あぶねぇだろ。何してんの、お前」 「……土屋」  そして、そんな俺が柱に激突するのを防いでくれたのは、色んな部門においてレベルが違うけど、身長も同性とは思えないほど違ってる土屋だった。 「あぁ、ギョウカンの仕事?」  俺の持っていたメモ帳を覗き込んだ拍子に、土屋の後ろに流してる色抑え気味のブラウンカラーの髪がさらりと揺れる。 「あ……うん。っていうか、土屋、この時間に会社来てんの? 早くない?」 「まぁな、営業だから。それにこの時間帯のほうが電話すると顧客がまだ外出前とかで連絡取りやすいいんだよ。お前こそ早くねぇか?」 「あー、あはは、昨日から異動だったから、早く行って少し復習しとこうかと」 「へぇ、えらいな」  言いながら、今、土屋が見ただろうメモ紙を振ってみせた。  今まで、テスト課にいた時はギリギリだった。ゲーム開発系の企業は一般的なサラリーマンに比べると少し遅い時間の出社退社になっていて、通勤ラッシュにはあまり巻き込まれないんだ。けど、一時間早いこの時間だとよく言われる「通勤ラッシュ」の時間にまだ入るらしい。だからすごい人の数で、普段使っている駅と変わらないはずなのに、景色が違って見える。  まるで別の駅みたい。不思議だ。 「えらくないよ。メモ必死に読んでるくらいだし」  でも、一番不思議なのは、土屋とけっこう普通に話してること。  同期だけど、福田みたいに何でも話せる身近な存在じゃない。むしろ距離がとても離れていたはずなのに、今、隣にいる。 「ギョウカン、すげぇだろ?」 「うん。仕事、覚えることがたくさんすぎて、パンクしそう」 「ブリ子強烈だろ?」  へぇ、土屋みたいな奴ももったいブリ子とか言ったりするんだ。そういう噂とか下世話な感じの話ってしなさそうなのに。 「あー……ノーコメント」 「ぶはっ、良い子ちゃん。けど、それってほぼ強烈キャラっつってるぞ」 「ノッ! ノーコメントだって!」 「はいはい」  土屋って、けっこう気さくな感じの奴、なんだ。 「あれ、ありがと。飴」 「あぁ、別に、あれ、美味いよな。疲れた時にあのあっまいのがちょうど良くてさ」  なんかもっとこうとっつきにくい奴なのかと思ってたんだ。だって、ほら、このルックスに営業一課の期待のエースなんてさ、バリバリの一般人な俺とは別次元っていうか。 「苺星人」 「……なんだよ」  俺にしてみたら異星人並にかけ離れたところの人だと思ったけど。 「あれ、可愛かった」 「嘘つけ。顔に嘘って書いてあるぞ」 「や、なんか土屋のキャラと苺星人の不一致がすごくて」 「別に、俺は味的に」  その味だって甘くて、ブラックコーヒーが似合いそうな土屋との不一致すごいんだけど。 「でも、美味かったよ。元気になった」 「……」 「ありがと」 「あれ、絵コンテの進捗確認」 「え?」  土屋の長い指が、俺の握りしめていたメモ帳をトントンと軽く弾く。 「そのメモにあっただろ? たぶん、シナリオより後だと思うぜ。矢印辿ると、ほら」 「……あ」 「そんで、うちの営業がギョウカンから連絡をもらうのが、絵コンテの後、こっち、な?」 「……おぉ」  たぶん、慌てて、矢印の先を書きながら目はブリ子の説明するパソコン画面を見てたんだ。なんか矢印迷子になってたけど、そっか、なるほど。 「それと、ほら」  スーツの胸ポケットに細く骨っぽい土屋の指がスッと俺の目前に来て、俺はいきなり接近してきたその手にドキッとして慌ててしまう。 「やるよ。飴ちゃん」  ニヤリと笑うと、本当にモデルがポージングでもしてるみたいだった。 「それじゃ、俺は二階だから階段で行くわ」 「……あ、ありがと!」  気が付けばもう会社だった。土屋を追いかけるように歩いてたからか、もう会社に辿り着いてた。  ギョウカンは四階。ここでお別れだ。 「礼」 「……え?」 「礼は、今度、酒一杯おごってくれ」 「えっ?」 「それじゃ」  これって、今、営業トーク? 同期の俺に? それとも――。 「え? いっぱい? 一杯?」  どっちなんだろう。  ふと俯くと、今さっき土屋が押し込んだ胸ポケットのところから苺星人がこっちを見つめてウインクしてた。  ぶっ、って笑い出しちゃったじゃん。噴き出し笑いが、まだ静かで、どこか寝ぼけてそうは会社のメインエントランスに響く。  ねぇ、これ、苺星人ってさ、もしかして、パッケージごとに顔が違うわけ? 昨日のじっと切なげに見つめる感じのばっかじゃないの?  わからないけど、ウインクしてる苺星人は昨日見た苺星人以上に、なんだかとてもシュールで、あの土屋がそれを持っていたって想像するだけで、すごく笑えたんだ。

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