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第5話 ピンポーン
ピンポーン――じゃないよ、本当に。
今思い出しても絶妙なタイミングだった。
けど、ちょっとカッコいい人に、ちょっと優しくされるとすぐに好きになるっていうのは、本当。嬉しくなっちゃうんだよね。そんで、バーっと好きになって、ドーンって気持ちが大きく育って、我慢できずに告って、そしたら、付き合うことになって、ラストにさらりと振られる。気が付いた頃にはもう二股かけられてて、っていうか、二股からの乗り換えっていう感じ。
のぼせやすい俺もいけない。もう少し冷静になれたらいいのに、好きになるとポーっとなっちゃうんだ。振り返って改めて考えればわかるのに。すぐに好きになって、すぐにのぼせて恋をする。そんな俺へ、すぐにOKを出す相手もさして考えずに答えてるって。簡単に返事をしてるだけだって。
けど、その時はわからないんだよね。
大概そうだ。ベソベソしながら、一樹に酒付き合ってもらって振られたって話しをしているうちに、段々と落ち着いてきて、「あぁ、やっちゃったなぁ」って気がつく。
俺は、学習能力ゼロですか?
オ・カ・シ・モだってば。ちゃんと覚えようよ。
「貴方、ちゃんと覚えた?」
「!」
にゅっと、視界に飛び込んできた般若顔に慌ててしまった。もちろん慌てたってことはぼーっとしてたのねって思われるわけで。ブリ子が怪訝な顔をして溜め息をつく。きっと今ので俺の点数はまたマイナス百点くらい下がっただろう。粗塩対応増し増しだ。
「まったく、それじゃいつまで経っても」
小言っていうかほぼ面と向かって文句を言われた時だった。内線が間に割り入ってくれるように鳴った。
もったいぶるのが習性なのか、電話に出るのをなぜか渋ったり、急に忙しそうにするブリ子がまた「やれやれ」って顔をしながら電話をとる。
「……はい。……はい」
なんで、あんなに仏頂面になるんだろう。ただ電話に出るだけでも渋るなんてさ。
「……須田君」
全部ひとりでやってて、忙しいからあんなに色々渋ったり、頼みごとを拒否するのもわかるけど、もう少し対応してあげたって。
「須田君!」
「は、はい!」
「……副社長がお呼びよ」
「へ?」
「すぐに来るように、だって」
「!」
それはまるで天の救いの声だった。粗塩対応継続中だし、ここに移動してから数日経つ、経過を見て、相性の悪さ、それとブリ子の俺への低評価、これは俺にとってはマイナスではあるんだけれども、「テスト課へ出戻り社命」だったとしたら、いいんだ、マイナスでもなんでも。それは、俺にとってはすっごいプラス点だから。
「は、はい!」
元気な返事をして、副社長が待っている会議室へと向かう足取りは軽かった。
戻れるんじゃない? これは、もしかして。実際、一回教わっただけで、しかもその説明が俺にはわかりにくいから、ちょっとちんぷんかんぷんだし、使い物になれないだろうし。ほら、これは! 出戻り決定じゃない? これは!
「失礼します。って……え?」
これは?
「仕事中すまなかったね」
部屋に入るなり、目が合った。ダークグレーのスリムシルエットスーツをモデルのように着こなし、高身長でイケメンで、仕事もできちゃうから、営業一課期待のエースって言われてる。
そんな俺の同期、土屋穂高(ほだか)が、なぜかいる。
「どうだね。新しい部署は」
「え? あっ、はい。頑張っています。まだ、何かとわからないところもあるのですが。なので、失敗も多々あって」
「それはそうだろう。業務内容が色々だろうから。それでだ」
っていうか、あの、なんで土屋がここに? え? もしかして、土屋がまさかの、ギョ――。
「今度作る新作ゲームの業務管理を専属で君にお願いしようと思う」
あ、ギョウカンへの異動じゃなかった。そっか、俺は変わらず……。
「営業担当はそこにいる同期の土屋君が行う」
「!」
「わが社の今期一番期待をしている新プロジェクトだ。ふたりが中心となってぜひとも頑張ってくれ」
「!」
俺は変わらずギョウカン在籍、どころか、なんだかとてもど真ん中にいくことになるらしい。
テーマは「神」世界中にある神話を主軸にした恋愛シュミレーションゲーム。キャラクター数は百を越えて、そのキャラクター原案にプロイラストレーターが総勢百人以上集結するビッグプロジェクト。
もう今までのゲームだけじゃスマホゲームアプリ業界では生き残れない。スタッフだけじゃなく、会社としても移り変わりの激しい仕事だ。新しいことをやっていかなくちゃいけない。それには新しい力が、風が必要だ。
そんな演説めいたことを言われてもさ。俺は戸惑うばかり。
企画立案は営業一課のエース、土屋。そして、そのゲームの業務管理を専属でするのが、俺。
つまり、百人以上のイラストレーターのキャラクター原案管理、進捗管理を俺がやっていくことに……なるの?
「主要キャラクターはアテナ。ゼウスは進行役みたいな役割にしようと思ってる。神キャラを全部イケメン美男子にして、その神の中から誰かを選んでプレイする感じだ」
ひゃくにんかんり……って、今、想像できないくらいに果てしないんだけど。
「イラストレーターのピックアップのほうは済んでる。一キャラクターにつきイラストレーターひとりじゃさすがに大変だから、二、三人分のキャラを描いてもらおうかと思ってるんだ」
だから、今まで滞りなく思えたギョウカンにもうひとり追加がかかったのか。つまり、ある程度ギョウカンの仕事を覚えたら、そこからはブリ子とは別軸でギョウカンが必要だったんだ。だってこれ、キャラクター数がハンパじゃないから、さすがにブリ子だって管理しきれないだろ? 今だって、もう仕事が詰まってるって言って、工程の前倒しに対応できていないんだから。
「須田?」
「! ご、ごめん!」
「……ビビったか?」
「あー、まぁ、俺、まだギョウカンの仕事全然覚えられてないし。その百人のイラストレーターの管理っていうだけで不安が……」
ゲーム一本を専属で管理っていうのはそこまで難しくはないと思う。一本だけなら。そして選任なら。ブリ子はゲーム以外の部門の管理も一手に受けてるから大変なわけで。
「須田ならできるよ。」
「そ、そんなこと」
「俺は須田と組みたい」
オ、カ、シ、モ。
「俺もそっちをしっかりフォローする」
「……そんなことしたら、土屋が大変じゃんか」
そうオカシモだ。
「俺は平気だ」
落ち着け。
「け、けどさっ」
「須田の手伝いくらいならできると思うぜ?」
カッコいい奴ほど気をつけろ。
「須田」
しゃべりやすい奴も気をつけろ。
「お前ならできる」
もう少し、待て。
オカシモ、だぞ。オカシモ。
「ぁ、そうだ、忘れてた。ゲームのタイトルは、神々が恋をする、っていうのにしようと思ってる」
だから、オカシモだって、ちゃんと静かにしないとダメだろ?
「宜しく、須田」
ほら、ほらほらほら、だから、ちゃんと静かにしてよ俺の心臓、って自分へ言い聞かせていた。
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