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第6話 避難、訓練

 ゼウス、メインキャラに置かれてるアテナ、ポセイドン、アフロディテ、アポロンとかさ、そのくらいならわかるけど、オリンポス十二神が限度だ。つまり百人以上出てくる恋愛シュミレーションゲームの業管を行う俺が残り八十七人は最低でもちんぷんかんぷん。百人以上となれば、もっと、ちんぷんかんぷんすぎる。  エイレイテュイアとかアスクレピオスって! 覚えにくい。  テティスとテテュスとテミスって絶対に混じって覚えちゃいそう。  あ、でも、エロスは即覚えられる。っていうか、普通に使ってる。単語として。 「大丈夫か? 頭パンクしそう?」  ポンと乗っかったわずかな重みにびっくりして、なんだと見上げると、同期の土屋だった。 「お疲れ。飲むか?」 「あ、ありがと」  同期に、つまり同じ歳の奴にまるで子ども扱いされる俺ってどうなんだ。って、思うようにするんだ。手が大きかったとか、なんかその手が優しい感じがしたとか、そういうことを考えないようにしないとだぞ。  オカシモ、だぞ。マジで。 「はぁ……疲れた」 「お、お疲れ」  休憩所の一角。新ゲームは俺が専任になるけれど。ギョウカンとしての仕事もあるわけで、変わらずブリ子にはイヤァァァな顔をされている。  だから、今頭の中は神様の名前とギョウカンの作業手順がごっちゃになりかかってる。ちょっと油断したら爆発して詰め込んだもんが全部飛んでいっちゃいそうだ。 「大変じゃない? 新ゲームの企画進めながら、他の営業もやってんでしょ?」 「まぁな。けど、どうにかなるだろ」  すごいな。さすがエースってとこなのかな。  俺は覚えるだけで手一杯なのに。この神様の名前一覧だけじゃなくて、ブス子のわかりにくく感じる解説を紐解いて理解するのにも、必死になってる。 「何? 神の名前覚えようとしてんの?」 「! う、うん。だって、キャラ、だからっ」  腰を屈めて、俺のメモを覗き込む土屋の距離に慌てて俺は背中を反らして対応した。 「今から覚えるの大変だろ?」 「そ、そりゃそうだけど。でも、覚えないと仕事にならないかなぁって」  だから、プリントアウトした神話の神一覧を時間があればずっと眺めてた。学生の時みたいに頭の中にぎゅうぎゅうに神様の名前を押し込めた頭をそっと撫でられて、なんか、クラクラする。 「すげぇな、お前」 「は? すごいのは土屋だろ?」  このゲームの立案を同じ歳の土屋はやってのけられる。俺はきっと想像もできないと思うよ。ゼロから何かを作り出せるって、それこそ、創造主ってやつじゃん。なんて思うあたりが神様の名前でいっぱいいっぱいの思考回路って感じがした。 「真面目でえらいよ」  クラクラしてるんだ。昨日、これを一ページ分くらいは覚えないとって、握り締めて寝落ちしてたくらいだから。寝落ちだから、ちっとも覚えられてないんだけどさ。  ――惚れたな。  クラクラしてるから、ダメなんだ。  ――惚れだだろ?  そんな微笑みかけられるとか、大きな手で優しく頭撫でられるとか、そんなんされたら。 「すげぇ人数だし。俺は企画書作るのにあらかじめ覚えられてるからいいけど、須田はそうじゃねぇだろ? 大変だろうと思って、今考えてるキャラ百二十人分にとりあえず番号振ってみた。分類ごとにアルファベットもつけたから」  ――お前が好きになる要素しかねぇじゃん。  ダメなんだってば! 「これなら須田でもわかりやすいだろ? メールもしておこうか? メアド、社内のって、もう設定、」  ――惚れ。 「オッ、オカシモ!」  思わず叫んでた。横から茶々を入れてくる一樹の声を払い除けるように叫ぶと、いきなりのことに、俺の作った神一覧リストを覗き込んでた土屋がポカンとしてる。 「どうした? 須田。……そんな神様いたっけか?」 「ご、ごめ、なんでもない」  落ち着け。カッコいい奴ほど気をつけろ。しゃべりやすい奴も気をつけろ。そんで、そんで。 「あ、えっと、ありがとう、これ」 「あぁ」 「それではっ、失礼しますっ」 「須田?」  そんで、もう少し、待て。  とりあえず、オカシモの「オ」を実行するべく、一礼してその場を離れた。避難しよう。  そんで、冷静になるんだ。  優しいかもしれない。しかも、最近になって話す機会が増えてから知った「意外な」っていうさ、ギャップも確実にこれを手助けしてると思う。優秀で、才能があって、俺らとは別世界の住人だと思っていたからさ。だからだよ。  まず第一に、土屋はゲイじゃないだろ? だから、これをちゃんと消しておかないといけないと思う。  ドキドキしてる胸のこれを。  ほら、冷静になれば、好きになったって、ダメなんだってわかるだろ? 今度こそ学ぶんだ。今まで付き合ってきたのはガチでゲイだった。ゲイバーとか、ゲイ友達の紹介とかそんな同じコミュニティの中で知り合った、同じ恋愛趣向の人だっただろ? 今回はそうじゃないし、職場の奴だし、同期だし、これからツーマンセルで仕事をやっていくわけだし、気まずくなんてなれないだろ? のぼせ上がったって、イノシシみたいに直進したって、そこには「ノンケ」っていう強固な壁が存在してる。  ほら! 全然ダメでしょ。いくら惚れやすい俺だって、今回はばかりは冷静にならざるをえないでしょ。 「休憩終わりました。持田さん、あ、あと、これ、広報からもらってきてます」  基本返事は蚊の鳴く音量レベルなんだよね。俺限定で。いいけども。なんかそのくらいの粗塩対応してもらえると、今、ほわほわしかけてる頭の中が、ズーンと重たくなって、ちょうどいいかもしれない。 「これ、もうすでに説明したけど、メールを各工程に送った?」 「ぁ! すみません。まだですっ」 「すぐにして」  また睨まれた。まぁ、そうだよな。新ゲームの企画で業務管理をやるのが俺っていうのもまた塩に塩をふりかけたくらいにしょっぱい感じの対応したくなる要因だろうし。けど仕事なんだから、もう少し職場の雰囲気とか気にすればいいのに。  そうそう、仕事。土屋と組んで新ゲームやるのも仕事だからさ。土屋が優しいのもきっと仕事を円滑に進めるため。 「すみません、ここまだ教わってないんですけど。この連絡が来た時の対応はどうしたら」 「あーちょっと待って。今忙しいから」 「……はーい」  少し待って考えればわかることだ。気のせいだよ。スーツ男子ってそもそも俺の好みだし。だから、全然冷静になればさ。 「すみません。須田います?」 「あらぁ、土屋君。須田君はねぇ……」  もったいブリ子のブリの部分が思いっきり表に出て、ブリッコ声に変わる。 「須田、今、メール送った。さっきの名前の番号振ったリスト」 「え? あ、うん。あの」  メールしたんだったら、今ここに来なくたって。 「それと、この前言ったの覚えてるか?」 「?」 「いっぱい、おごれって言ったやつ。あれ、今夜、この企画詰めながら」 「……ぇ、っと」  せっかくブリ子の塩対応で「待て」ができたはずなのに。なんだよ、もう。 「時間空いてるか?」  ――惚れたな。  また、一樹のニヤケ顔とその言葉がフワフワ浮上して俺を舞い上がらせようとしちゃうだろ。

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