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第7話 ちょわあああああ

 なんでこんなことになってるんだろ。  っていうか、ちょっと前だったら想像もしなかった状況なんだけど。同期とはいえほとんど話したことのない土屋とふたりっきりで飲みに来てるなんて。福田が知ったら驚くだろうな。逆の立場で、急に福田が土屋と飲みに行ったらめちゃくちゃ驚くもんな。 「あ、明太子ポテトピザ食いてぇ。いいか? 須田」 「うん。どーぞ」  しかも、場所がさ。  ここゲイバーが軒を連ねる界隈からけっこう近い。いわゆるそういゲイコミュニティのど真ん中じゃないけど、お隣さんって感じ。もちろん、そんな土地柄情報を知っているのはゲイの人だけだろうけど。一般的には、普通の飲み屋だろう。 「俺、好物なんだよ」  土屋が手をあげて店員を呼び追加のオーダーをするところをじっと見つめてしまった。  ジャケットを脱いで、ワイシャツを腕まくりしてって、それ、俺の好みドストライクな要素なんです。なんてことをノンケの土屋が知ってるわけがない。 「……俺の顔になんか付いてる?」 「! ご、ごめん!」 「怒ってんじゃねぇよ。照れただけ」 「へ? 照れるの? 土屋でも」  見られることになんて慣れてそうなのに。営業一課がどうしても欲しがる人材で、ワイシャツ腕まくりがゲイの俺にとっては目の毒レベルのイケメンでも、照れたりするんだ。 「あのなぁ」 「いや、だってさ」  土屋がじっとこっちを見つめてた。どこもかしこも「一般的」もしくは「普通」な俺はその視線に耐えられなくて、そっぽを向いてしまう。だって、なんだか、まるで魅力の背比べでもしてる気がして。そしたら、俺は極小チビに思えてきて。 「ギョウカン、あの人、癖あんだろ」 「へ? あ、持田さん? あー、うん、まぁ」 「ごめんな」 「? なんで、土屋が謝んだよ」  首を傾げる俺をまたじっと見て、今度は土屋が目を逸らし、残っていたハイボールを全部飲み干した。そして、側を通った店員さんに今度は日本酒をオーダーしている。 「土屋、ちゃんぽんして平気?」 「あ? あぁ。ヘーキ」  そう? けど、最初定番ビールで始まった。次がハイボールで今度は日本酒。酒、強いんだなぁ。俺はそんなところも普通だ。  酔っ払っちゃったぁって誰かに甘えたりするほど弱いわけでもなく、いくらでも飲めちゃって周囲のほうが心配するほどの酒豪でもない。数杯飲んで終わり。 「癖っていうかさ、俺のこと嫌いらしいから」 「……」 「でも、土屋との新ゲームのほうに専任されたから、少し気が楽になったけど」  教えてもらおうとする度にイヤな顔され続けたら、いくら俺でもへこたれる。俺に粗塩対応した直後、誰かに何かを訊かれたブリ子がめちゃくちゃ笑顔で応対してるのとか見るとさ。好かれたいわけじゃないし、むしろ嫌い寄りだけど、それでもへこむ。  仕事だからって割り切るようにはしてる。あの人は残業を一切しない人だから、定時刻になれば必ず帰るんだって、そこでスイッチを切り替えるようにはしてる。けどさ。 「俺に言えよ」 「……へ?」 「しんどかったら、俺に言え」 「……」  何、それ。なんか、それ、すごい、その、そんなんさ。どストライクな腕まくり、イケメン、そんで、また、優しいことを言うなよ。 「俺がフォローする」 「……な、んで、そこまで」  同期だから。そんな答えだってわかってる。だから、聞きたいんだ。ただの同期だからというだけ世話したがる優しい奴なんだって、俺だけの好待遇ってわけじゃないって、自覚したいから理由をせがんだ。 「ただの同僚なのに」 「あれ? 佑真じゃん」  俺らの会話にぽーんって投げ込まれた全く違う声色。 「何? 久しぶり」 「……ちょ」  短髪で清潔感溢れる笑顔、どっかの商社で働いてるって言ってた。だからか話しが上手で、そんで優しくてさ。俺はあっという間に好きになって告白して、あっという間に振られた。 「元気してた? あ、今の彼シ、」 「ちょわああああああ!」  ここはたしかにゲイの多い地域の近くだけど、まさか、元彼に会うなんて思いもしないじゃん。だから、びっくりして、一瞬思考停止してた。  最悪だ。慌てて、でかい声で遮ったけどさ。何、悪びれもせずに余計なことを口走ってんだよ。  たぶん、隣にいるのは今カレなんだと思う。こいつの好きそうな可愛い系のネコさん。  ゲイバーで飲みすぎてフラフラしてたところで優しく声をかけられ、すぐにほだされて、のぼせて、告って付き合うことになったけど。見事に遊び人で、三股かけられたんだった。 「あ、ごめん。彼氏じゃなかった」 「! おまっ!」 「あはは。ごめんごめん。だって、この辺、よく通ってる店にも近ぇし、なんかふたりでしんみりしてる感じだったからさ」  そりゃそうだよ! だって、仕事の話をケラケラ笑いながら、昨日見たバラエティ面白かったよな、みたいに話さないだろ。  俺を振った時もそうだった。  身も軽いけど、口も軽くて、普通に俺のことを別の名前で呼んで、「あ、やべ」とか失言するバカ野郎。 「お邪魔しましたぁ」  ホント、バカ。あいつもバカだけど、俺もバカだ。ちっとも気が付かず好き好き言って、フラれて、大泣きしたんだ。それもあって、マジで「オカシモ」を痛感できたわけだけど。 「須田、今のって……」 「!」  そっと、そーっと真正面にいる土屋のほうへと振り返る。やっぱ、聞かれてたよな。彼氏とか思いっきりあいつ言ったし。 「あー、あははは、えっと、今のは」 「須田って、男と付き合ったこと、あるのか」 「!」  聞かれてますよね。 「ぁ……えっと、今のは……その」  どうしよう、か。 「それって、男も大丈夫って、こと?」  落ち着け、俺。そんで、えっと、オカシモの、カだから。 「じゃあ、俺もその対象に入るよな?」 「へ?」  カ、なんだっけ? っていうか、今、土屋、なんて言った? なんの対象に入るって? 「入るなら、考えて欲しい」  カ、は考えて欲しいの、カじゃなくて。 「えっと、あのさ、つ、土屋? どうかした? 考えるって、その」 「真剣に」  シ、もそれじゃないってば。真剣に、のシじゃないって。 「須田のこと、好きだ」  モ、もう少し待ってよおおおおおお! って、とこしか、思い出せないくらい、俺の脳内キャパを思いっきり越えた展開に、頭が爆発しそうだった。

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