土屋は別次元の人間だった。三次元超えてもう四次元みたいなさ。四次元っていうのが、もう意味わからないけど。 　元彼が登場して慌てたところに、まさかその別次元の同期から告白されて、日々、ブリ子に猛ダメージを食らってる俺は、瀕死の状況で。 　明太ポテピザ、お待たせしましたぁ。 　っていう、その呑気な一言が天からの助け舟のように思えたんだ。慌てて、藁をも掴む気持ちで、そのできたてホヤホヤのポテピザを食べたせいで、舌、ヤケドしたけど。 　店を出てトボトボ歩きながら、小さく舌を出した。痛い……まだ、少しだけ、ヒリヒリする。 「……」 「！　な、なに」 　舌をちょっとだけ歯とか唇で触れて、痛いかどうか確認してたら、隣を歩いてる土屋と目が合った。 　土屋の好きなポテピザで告白の空気が終わって、俺はそっから途切れないように仕事のことを話したんだ。百もある神様の名前を全部覚えたのか？　とか、わかりにくい名前多いよな、とくにテティスとテテュスとテミスってもうごっちゃにならない？　とか。そもそも、あんなビッグプロジェクトを立案して、それが会社的に通って、今期のメインって位置づけになるのがすごい、とか。 「……さっきの、本気だから」 　たくさん話してるうちに、やっぱ、その頭のデキの違いを痛感した。そして、今こうして並んで歩いてると、身長、脚の長さ、スーツのカッコよさ、どれを取ってもレベルが違ってた。 「あ、あのさ、土屋って、ノンケ、だろ？　前に、人事のさ、すっごい美人の」 　そうそう。本当に美人だったんだ。噂では高校生の時とかモデルもやってたって。そんな美人が土屋のことを好きだったらしい。俺と福田はそれを聞いて、すげぇ、次元が違うよなぁって話してたんだ。 「ノンケ……あぁ、今まではな」 　はいっ？　今までって、じゃあ、何？　今現在は？ 「さっきの居酒屋」 　夏の夜風くらいの涼しさじゃ酔いを醒ましてはくれなくて、まだふわふわしてる。これが真冬だったら、少しくらいはしゃっきりできたかな。 「ゲイバーがある界隈に近いから、あそこに決めた」 「……ぇ？」 「どうにかして、須田が同性愛に対してどう思ってるのか確かめたかったんだ」 「……」 「だから、さっきは嬉しかった」 　ふわふわ、クラクラ。まるで湯船の中に漂ってるみたいに、身体が熱い。 「須田がゲイってわかったら、我慢できなくて、告白してた。本当はもう少し慎重に進めたかったんだ」 「ちょ、あのっ」 　ダメだって。ちゃんと考えて、ほら。 「あのさっ！　わ、わかってんの？　その、仕事仲間だろっ、同期で、そんでこれから一緒に仕事するんだぞっ」 「あぁ、だから慎重にしたかったって言っただろ」 　そう、仕事仲間なんだ。俺は百以上ある神様の名前を覚えないといけないんだって。恋なんてことをしてる場合じゃない。社をあげてのプロジェクトになるんだぞ？　それを新しい風ってことで、俺とお前で担ってかないといけないのに。 「仕事は仕事、プライベートはプライベート」 「そっ、そうだけどさっ」 　そりゃそうだ。さっきのバカにフラれた翌日だって、俺は会社に来てた。その当時は、たしか農業系育成ゲームの動作テストをしてたんだ。三股なんてしやがって、なんて落ち込みながら、のほほんと牛を放牧して育ててた。それが俺の仕事だから。 　わかるけど、わかってるけどさ。 「それに、さっき自分で言ってたじゃん。えっと、あの、ゲイじゃなかったって。恋愛対象は女の人だっただろ？　そんで、人事のすっげぇ美人が土屋のこと狙ってたくらいなんだから、モテないわけじゃないじゃん」 「それは向こうの話だろ。俺は断ったよ」 　断ったんだ。そっか。 　なんて、ホッとするな！　バカ！　俺っ。 「好きな奴がいるからって」 「っ」 　それが俺？　じゃあ、俺が福田と次元が違うよなぁなんて話してた頃から、土屋は俺のことを？ 「気の迷いだって」 「どうして、それをお前が決め付けるんだ」 「だ、だって」 「ちゃんと自分で何度も確認した上で言ってんだろ」 　こんなの映画かドラマの話だ。信じられるわけがない。 「絶対に気の迷いだって。だって、俺、普通だぞ？　そんなに頭良くないし、顔だって良くない、いっても中の下くらい？」 　言いながら切ないけど、この顔ともう二十三年も付き合ってたらイヤでもわかるだろ。 「それに、お前みたいにカッコ良いわけじゃない」 「別にお前の見てくれで好きになったわけじゃない」 「違う違うそういうことじゃなくて。スーツ姿とかもさ、俺はいまだになんか、あかぬけないけど、お前は突き抜けるレベルでカッコいいじゃん。つまりさ、俺は一般なのっ。庶民なんだって」 　学習したんだ。優しくされて、ほわーっとすぐに好きになった結果、ハピエンなんか待ってなかった。 　待ってたのは二股と、ベソかきながらの自棄酒だ。 「須田」 「土屋は貴族みたいなもん。そう言ったらわかりやすいだろ？　そんで、イケメンの土屋がなんで俺みたいなのをって、そりゃ」 「須田」 　グンと引っ張られて、距離が詰まって、息も詰まって、心臓が止まりかける。 「須田、それはつまり、俺のことイヤなわけじゃないんだろ？」 「は？　はい？　なんでそうなるんだよっ、ちが」 　優しいし、話したら会話弾むし、カッコいいし、ほら、もうこんなんフラグが立ちまくる。恋愛じゃなくて、オカシモのフラグが。 「わかってないんだよ。土屋は」 「は？」 「俺、男だよっ」 「わかってるっつってんだろ」 「いーや、ちっともわかってないね」 　そんであとでやっぱり女の子がいいとか呟くに決まってる。だって、土屋な元モデルの人事さんから猛アピールされるくらいのイケメンなんだぞ？　そんな奴の恋人が俺みたいな一般人なんてありえない。気の迷いになんて付き合ってられるかよ。 「ノンケの土屋にはわからないって」 「……」 「同性愛ってさ、男同士って」 　そして、きっと気が付くんだろ？ 　俺はノンケは付き合ったことがないんだ。だって、結局戻るに決まってるから。女の人がよかったって、結婚とか家族とか、親とか、色々考えたら、やっぱりノンケのほうがってなるんだろ？ 　そうならないように引き止める術なんて俺には。 「あのさっ、土屋さ、こういうの言いたくないけど、俺がチビで目ん玉がでかくたって、男は男だから。女の子とは全然」 「ったく」 　ゲイじゃないのに男と恋愛したら、きっと後悔する。どうせ思うんだ。なんで、俺はこいつとって、思われるんだ。そんなの、俺はごめんなんだよ。 「わかってるつってたんだろ」 　土屋はモテるんだから、俺なんか好きになるわけがない。ただの遊びになんて付き合わないぞ。そう突っぱねたかったのに。 「……」 「わかってるよ。そんで、男のお前を好きになったんだよ」 　そんな怒った顔で、お前こそ、俺の言ってることちっともわかってねぇだろって言われたってさ。 「ちょ、近いっ」 「……」 「なぁ！　土屋！　近いって！」 「……ス、したらわかるか？」 「え？」 　睫毛が触れそうなほどの距離。酔いのせいか少し熱くさえ感じる土屋の吐息が、触れるんだ。俺の唇に。 　ありえない至近距離。どっからどう見たって、同僚と会話をする距離じゃない近さ。その距離、およそ。 「キス、したら、俺がお前のことを本気でちゃんと好きってわかるか？」 　およそ、どんくらい？　わかんないけど、でも、あと、ちょっと身じろいだら唇に触っちゃうっていうのは、とりあえず、わかった。