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第10話 君とキスをした。

 二人っきりのミーティングルーム。横に流してる髪が俯いた土屋の目元でハラリと揺れる。低い声は耳元で話されるとくすぐったくて、腰に来るんだ。とくに、密着してる時なんて話しかけられると力が入らなくなる。クタクタになった茹ですぎほうれん草みたいになってしまう。  こんなにだっけ? ここまでカッコよく見えてたっけ?  涼しげな目元、薄い唇、スッと真っ直ぐ通った鼻筋。普通にカッコいい。 「で、こっちが各キャラクターの原案を描いてもらおうと思ってるイラストレーター」  俺、そんなカッコいい同僚と昨日、キス、した。今そこにある案外柔らかい唇に触りました。ぶちゅっとキスを二度ほど、してしまいました。 「けっこうな人数になるけど、このうちの数人には複数人分のキャラを描いてもらおうと思ってる」  やっぱ、モテるんだろうな。だってさ、すげぇ気持ち良かった。キス、めっちゃ上手かった。  ノンケだから、あのキスを知ってる人は皆、女の人、なんだよ。そっか、そしたら、あのキスを体験した男の人って、俺が初めてなのか。うわぁ、それってすごくない? あのキスを、味わった初同性っていうの。 「そのほうがゲームカラーが出るだろ?」  なんつうか、濃くて、深くてエロくて、すごかった。すごいキスだった。あのキスだけでも、なんかどうにかなっちゃうっていうか、女の人だったらさ、ほら。なんつうの? その、身体的にさ。 「須田。何? そんな俺の唇ガン見して」 「!」  そのガン見してた唇が俺の名前を呼ぶだけでも飛び上がった。 「真っ赤だな」 「ち、ちちち、ちがっ、これは」 「昨日のキス、思い出した?」 「ちちちち」  慌てすぎて、自分の手元にある神様の名前ノートがバサバサも騒がしく慌ててる。 「俺は思い出したよ」 「っ」  眩しいみたいに目を細め見つめられて、その長い親指で唇をなぞられて、まるで金縛りだ。そしてなんにも考えられない。あんなにたくさん詰め込んだ神様の名前もポセイドーンと一緒にどっかに吹っ飛んで、警告音すら鳴らない。オカシモ、が発令してくれない。 「好きな奴とキスしたって、はしゃぎながら帰った」  土屋が? そんなことではしゃいだりとかすんの? 俺とキスして? 「少しは観念したか?」  俺を覗き込んで、この瞳の奥からじっと見つめられて、見透かされそう。オカシモも神様の名前も全部消し飛んで、今、頭の中を独占してるものを知られてしまいそうで。 「プッ、プライベートはプライベート! 仕事は仕事! なんだろっ!」  だから慌てて俯いて、神様の名前ノートを盾にした。 「……まぁな」  だって、そうでもしないと、なんも考えられなくなる。この企画は俺と土屋にかかってるんだぞ。シャキッとしろ俺。そう胸のうちで自分を叱って、土屋が用意してくれたイラストレーターに目を通す。 「……うわ、マジで?」 「須田? なんか、変だったか?」 「ぁ、ううん。これ、すごいなぁって思って」 「?」  夢、だったんだ。ずっと。 「俺さ、ゲーム関係の専門卒なんだけど。実はゲームでの映像科だったんだ。ゲームキャラとか作ってみたくてさ」  絵、下手で、この会社に採用決まっても、そっちには回れなかったけど。本当は絵関係の部署を希望してたんだ。だって、最高だろ? 自分が作ったキャラクターが方向キーで左右に動いて、好きなように走り回ってくれるってさ。キャラクターを描けなくても、せめてゲームを作る側に回りたかったんだ。作る側に回るにもあまり頭が良くなくて、それも断念しかけてたけど。テスト課だって大事な仕事だ。バグッてたら、それはクソゲー以下なわけだから。テスト課で、人の目でじっくり観察することはとても重要だと思う。テスト課でもし万が一にも見つけられずスルーしてしまったら大変なことになる。不具合を見つけられる最後の最後、最後の砦。  けど、やっぱり、今こうして、テスト課よりももっとゲーム製作のほうに携われて、ちょっと嬉しい。 「このイラストレーター全部俺、すっごい好き! 美麗で、カッコよくて、ぁ、この人のとか、最高! うわ、この人にアポロン描いてもらうんだ! すげ、気になる。っていうか、これ、女神はどうすんの? 俺、それの区別まだできてないからごっちゃなんだけどさ」 「あ……いや、全部じゃないが女神も男性化させて登場させるつもりだ」 「そっか! いいと思う! 中性的な神様とかもさ」  描けない分、いいなぁって眺めまくった超神絵師さんたちのそうそうたる名前に興奮する。だって、ただ見上げるばっかだった人たちと仕事で一緒になれるんだろ? それって、最高だ。最高すぎて、ふわふわする。 「俺と須田の好みとか似ててよかった。特に、このヒナっていうイラストレーター好きでさ」 「マジで? 俺も! すっごいいいよね! あれ見た? 制服シリーズの絵! SNSに乗っけててさ。本当に最高だった。あと去年のイケオジシリーズとか!」  嘘みたいだ。夢がもっと最高の形で叶った感じ。 「うわぁ、ヒナさんの絵とか」 「須田」 「……」  名前を呼ばれて素直に顔を上げた。 「好きだ」  待ってたのは、昨日した濃厚な一回目でも、触れるだけの二回目のキスとも違う。 「不意打ちだからな」 「……」 「デコ、にしてやった」  額に触れる子どもみたいなキス。  ただ、触れただけ。「デコ」に土屋の唇が触れた。 「ちょっ! おまっ! おまっ、つ、つちっ!」 「慌てすぎ」 「ああああ、慌てるだろ! ここ、仕事っ」  職場で、ミーティングルームで同期にデコチューとかされて、慌てない奴いないだろ。今更ながら、遅いけど、触れられたデコを両手で隠し、こら! って、怒った顔を、自覚できるほどの赤面でしてみせる。 「……仕事は仕事、けどこれは、お前が悪い」  なんで、俺が悪いんだよ。俺は今、仕事のことを話してたのに。 「昨日、キスしてきた男と会議室に二人っきりで、無防備な笑顔を見せるお前が悪い」 「なっ……」 「キス、したくなるだろうが。ただ、いきなりじゃ、あれかと思って、デコにしてやったんだ。ありがたく思え」 「んなっ!」  そう言った土屋も赤かった。あの土屋が、顔を、いや、耳ンとこまで真っ赤にしながら、その不敵に笑うのがよく似合う口元を手で覆い隠すなんて。モテそうで、人事の美人をふっちゃうなんていうもったいないことをしでかすエースイケメンが、まるで恋に振り回される男みたいな顔をするなんて。  そっちのほうがずっと、俺より、ズルいと思うんだけど。

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