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第11話 かまぼこスマイル
ガタンゴトンと時折聞こえる線路の音と、午後九時近くの少し疲れた空気が広がる電車内。リーマン、大学生に予備校帰りなのか高校生。半分以上の人がスマホをいじってる中、いつもだったら俺もスマホを覗いてるとこだけど、今日は、してない。なんか、それどこじゃないんだ。
デコチュー、なんてされたことない。
――無防備な笑顔を見せるお前が悪い。
土屋って、デコチューとかするんだな。好きな子に。
「…………」
好きな子って…………俺じゃん。
めちゃくちゃ優しいデコチューをされた。うなじのとこを手で支えるように引き寄せられて、そんで、イケメンの唇が俺のデコにキスをした。衝動に駆られてついしてしまった。そんな感じのキス。大きな手はまるで壊れ物でも扱うような感じで、びっくりしたんだ。あれってノンケだからなのかな。女の子とばっかりだから? だからあんなにソフトなのか? 華奢な女子相手に乱暴だったり力強くなんてできないもんな。でもさ、俺はあんな優しくされたら、どうしていいかわかんねぇよ。一瞬、頭ン中が真っ白になった。デコチューされて、口あんぐり開けてる俺に、なんでか土屋が顔を赤くして照れてた。あの土屋がだぞ? あんなふうに照れたりするなんてびっくりする。イケメンエースでも、照れるようなことってあるんだなって。
「…………」
照れさせたの…………俺じゃん。
ふと、電車に写る自分を見た。外はもう真っ暗だから、自分の顔がはっきりとよく見える。無防備な笑顔ってどんなだよ。
ちょっとだけ、一秒くらいだけ、笑ってみた。ほら、周りの人はスマホをいじることに忙しくて、平々凡々なサラリーマンが窓の向こうにむかって試し笑顔をしてるなんて気が付かないからさ。だから、笑ってみたんだけど、やっぱり、衝動的にキスしたくなるような魅力溢れる笑顔には、どう頑張っても思えなかった。
家に帰るとなんとも言えない甘い、けど美味そうではない香りがした。街灯の足元にいる長身を目を凝らして見る
一樹だ。あれは一樹のタバコの匂い。
仕事中は決してタバコを吸わない。あと俺に前でも吸わない。この前、一緒に夕飯を食ったファミレスとか、飲食店でも、俺がタバコの匂いが苦手だから。
ひとりの時にだけ、しこたまプカプカ吸いまくる。
「おかえり、祐真」
「ただいま。あ、吸殻ポイ捨てすんなよ、っていうか、もうこの辺も喫煙とか禁止だから」
「しねぇよ」
手に持っていた携帯用灰皿にタバコを突っ込んで、俺を避けるように煙交じりの吐息を零した。
「惚れたんだろ」
「へ?」
「俺に」
「は?」
眉間に思いっきり皺を寄せると、ぷはって笑って、冗談んだよって言うんだ。
「もう、なんだよ。あがってく?」
「いや、いい。俺、これから用事あるから」
「そ? じゃあ、何しに」
「これ、うちの親が、祐真にも、って。かまぼこ」
「……かまぼこ? なんで、かまぼこ?」
旅行のお土産だって。いとこ同士ご近所さんだからこういう時、お互いの親が必ず俺と一樹をワンセットとしてお土産とか物資をくれる。もう本当に子どもの頃からの付き合いだから。ほぼ兄弟みたいなもんだ。
「それと、様子気になって」
「?」
「もったいブリ子、だっけ? でも、まぁ大丈夫そうだな」
「は? 大丈夫じゃねぇよ! めっちゃ毎日」
「はいはい」
わかったよって、俺の愚痴を聞き流して、袋の中から取り出したかまぼこの柔らかいとこで、頭をぼよんと叩いた。
食べ物を粗末にしたらいけないんだぞ。お前だって、親にそういわれただろうが。あと、かまぼこで頭はたかれても、痛くも痒くもねぇよ。
「めっちゃいびられまくって、しょぼくれてる奴はニヤニヤしながら帰ってこねぇよ」
「はっ?」
「暗いからバレないと思ったんだろ。めちゃバレてるっつうの」
ニヤニヤなんてしてないし。いびられまくってるっつうの。今日だって、一個見落としたチェックがあって、めちゃくちゃ小言言われたっつうの。
「惚れたな」
「は、はぁ?」
「土屋だっけ?」
「だからっ! はぁぁぁっ?」
「まぁいいや。元気そうだし。かまぼこ、俺より取り分多くしてやったから、それブリ子なり、土屋になりあげろよ。そんじゃーな」
一樹は言いたいことだけ言って、ターンをするように駅のほうへと向かっていく。長い指に薄い掌をヒラヒラと振りながら。
「そんなんじゃねぇよ」
そう呟いた声はちっとも聞かずに。
「こ、こんなに?」
大量すぎるかまぼこを俺に託して、なんか、呑気に帰っていった。
一樹、事件ですよ。一樹んちのくれたかまぼこが事件を起こしましたよ。
「あら、かまぼこ?」
「はい。親類からのお土産なんですけど、食べきれないと思うので」
「あらあら、それじゃあ遠慮なくいただきます」
ほら、大事件。
「い、いえぇ……」
なんか、動揺のあまり、ひょえぇみたいに返事しちゃったじゃないか。だって、あのもったいブリ子が笑顔を俺に向けてるんですけど! 笑うと、顎、すっごい前に突き出てくるんですけど!
かまぼこ、好きなのかな。嬉しそうだけど、すっごく。それともご機嫌だったとか?
「あ、それで、須田さん」
「はい」
「これ、昨日、広報から連絡来たんだけど、メール送ってなかったの?」
「……ぁ」
「これ、もう」
はい。わかってます。「これ、もう一回説明したんだけど」でしょ? そう心の中で呟くのとほぼ同時、まるでシンクロするようにブリ子がとてもご機嫌斜めな顔をして、顎も斜めに傾けながら、溜め息をひとつ俺の頭上に投下した。
「今すぐ送ります」
「お願いします」
かまぼこスマイルから一分満たないうちに、もうすでに通常運転のもったいブリ子。ホント、わかりやすい人だ。
溜め息を吐きつつ、自分のパソコンのメールボックスを開いて、受信ボックスの一番上にある名前にちょっと指先がちょっとだけ緊張した。
お疲れ様です。
イラストレーターへのイラスト発注完了しています。スケジューリングに目を通しておいてください。
またシナリオのほうの進捗を後ほどミーティングの時に教えていただけますでしょうか。
何卒、宜しくお願い致します。
それじゃあ、また、あとでな。
土屋から来たそんなメールが着てた。そして、思い出される一樹の一言。ニヤニヤしてたって。だから、神聖なる職場で般若顔の先輩と向かい合わせで、笑い出してしまわないようにしないといけなくて。笑ってるのなんて見つかったら、般若が金棒担いでケツバットしに来そうで、一生懸命に堪えていた。
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