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第12話 苺の香り
「お疲れ様。これ、かまぼこ」
午後五時、普通のサラリーマンなら定時の時間だけれど、うちの業界ではまだお仕事中の時間。けど、人間、この時間くらいになると昼飯なんて全部消化済み。腹は減るけど、まだ終業時間ではないっていうもどかしい時間帯。そんな業務中に手渡された「かまぼこ」に土屋が目を丸くしてた。
「え……ぁ、ありがと」
俺だって、びっくりしたんだから。業務メールの中に混ざる、タメ語に。目の前でブリ子に睨まれながら、すっごい戸惑ったんだからな。
ちょっとでも表情緩ませた瞬間、業務中になんたることか! って、般若顔で金棒振り回されたら、って、必死に堪えたんだから。途中から、そんな姿のブリ子の妄想が広がって、大変だったけど。
「あと、これ、シナリオの進捗、今後のスケジューリングと合わせて持ってきました」
「……」
「どうぞ。お納めください」
「お代官様かよ」
「お代官様並にすごいじゃん」
そう、色々とすごいと思ったんだ。土屋がくれたスケジューリングのわかりやすい表記の仕方、こんだけの量の予定を作れて、こなせて、きっと把握できちゃってるんだろう脳みその違い。
そんで、次元がやっぱ違うって思ったんだ。
でも、俺だって頑張りたい。
「須田?」
土屋が添付してくれたメールを見て思ったんだ。すごい数のキャラクターそれぞれに大まかだろうと書き込まれた設定。それは清書のためにパソコンで打ち直すのが面倒なほどの量。たくさんのメモひとつひとつを読んで。土屋のすらりとしたスマートな文字が走るようにそこあるのを見て、思ったんだ。
「なんかキャラ変わってねぇ?」
このゲームを俺は乗っかり企画じゃなく、自分が作ったって言ってみたいって。土屋はなんでもできると思ってた。次元が違うんだって。仕事できて顔がよくて。けど、その文字たちは慌てたように駆け足でさ、土屋が頑張ってる姿が想像できたんだ。こんなすごい人も努力して、ここで頑張ってるのなら、なら、俺も、頑張りたい。
「ゲーム作るのを頑張るんで! 神様の名前は覚えた! たぶん!」
「……」
「イラストレーターさんも絵柄、カラーともに把握できた! たぶん!」
全部にたぶんがつくけど、そこは勘弁してもらおう。でも、今自分できる最大の努力をしようって。
「それでは! ミーティングを始めます!」
「お、おぉ」
そう思えたんだ。
思ってはいるんだけど、魔法じゃないからさ、頑張ろうって思ってすぐに土屋のほどの逸材になれるわけじゃなくて。このミーティングだけでけっこう頭がパンク寸前っていうか。
「少し休憩取るか。メインキャラのほうの打ち合わせは終わったし」
「あ、うん。これ、もう発注かけたんだよね」
「あぁ」
関わる人数だけで、頭からプスプスと何か音がしそうというか。
「土屋すごいな……この神話、全部頭入ってるの?」
「まぁな」
「……はぁ、すご。俺にもその脳みそ分けて」
いっぱい詰め込んだ脳みそはやたらと重くなって、休憩の一言でその場に突っ伏した。
「営業一課……恐るべし能力」
「大袈裟だっつうの」
「大袈裟じゃないって!」
ガバッと起き上がった懐に、コロンと転がり込んだのは。
「あ、苺星人」
「一個やる」
「……っぷ」
向かいに座る土屋からすでに甘い甘い苺の香りがした。
今日の苺星人はダンスを踊って決めポーズを取っていた。昔のディスコダンススタイルで、腕を高く掲げて。っていっても、デフォルメされてる手足はとっても短いから、大きな苺の顔半分くらいの高さぐらいまでしか上がってないんだけど。
「……いただきます」
口の中に放り込むと俺からも甘い甘い苺の香り。
「あ、っつうか。土屋のほうの苺星人どんな?」
「? あぁ、これ?」
「っあは、なんか待機してる」
苺星人が三角座りをしてた。横に「……」ってふきだしがくっ付いてるから、何かを無言で待機してるっぽい。
「すごいのは、須田のほうだ」
「……はっ、はい?」
土屋が小さく笑った。
何を言い出すのかと、戸惑うだろ。こんな俺みたいな凡人に対して、どこをどうしたらスーパーマンみたいな土屋がそんなことを思うんだよ。びっくりして、せっかくもらった飴玉を落っことすところだったじゃん。
「ギョウカンの仕事覚えながら、こっちの仕事、ちゃんとやってる」
「……」
「キャラクター数ハンパじゃないから大変だろ? 最初、副社長がこれをやるなら。専任で誰かが管理したほうがいいって話になってさ。持田さんにって、言われた」
ブリ子に……そりゃ、そうだよ。だって、あの人、ギョウカン仕切って何年? そんで俺はたかが数週間。営業一課の期待のエースだからってさ、この業界に入ったのは俺と同じ三年前。何かあった時のフォローとかを考えたら、同期の俺じゃなくて、ブリ子のほうが。
「けど、俺が、須田を推した」
「……なん、」
「恋愛感情はそこに関係ねぇからな」
仕事は仕事、プライベートはプライベート。
「須田と組んで、このゲームを作りたかったんだ」
「俺、と?」
その時、苺星人の空っぽになったパッケージが乗っかる、キャラシートがふと目に入った。
メインが終わって、次はサブキャラ。ボイスは当ててもらえるし、キャラクターを選択することも可能だけど、きっとそこまで人気は出ないだろう登場人物たち。その数、五十以上。でも、そこが楽しいっていう人もいるし、そのキャラクターの数の分だけ作品に幅も奥行きも出るから必要なんだ。
そのキャラクターたちのことも土屋はしっかり考えて作ってた。
『シーシュポス』
その名前を見つけた。空になったパッケージの苺星人が高く、短い手を掲げて指差した先にあった名前。
知ってる。というより今回のゲームのために読んだ神話に出てきてた。他の神様みたいに神々しくなくてとても人間っぽくて覚えてた。罪の償いに岩を運んで、その岩が転がり落ちてはまた運んで。無駄なことを繰り返すっていう寂しい神様。
けど、そこに土屋の文字があった。
勢い良く指し示す矢印。そして「健気、頑張り屋」そう、駆けるような文字があった。
「……どうして?」
どうして俺なんかと組みたいって思ったんだろう。
「それは」
甘い甘い香り、それと。
「また、そのうち……な」
土屋の甘い笑顔は、夕方六時すぎの空腹にはなんだかとても、魅力的に思えた。
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