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第13話 吊橋ぐるんぐるん
やっちゃった。いつか、やっちゃいそうで、自分でも心配してたんだけど。
「これ、説明したわよね? それで、自分のが合ってるとは思わないように。過信しないようにって言ったわよね? ちゃんとチェックしたの?」
「すみませんっ」
大失敗だ。
全部の工程が滞りなく進んでいるかどうかのチェックだけじゃない。それで見つけた遅れに対しての対応の連絡、対処、対策、そういう仕事がある。
「チェックしたの?」
「……して、ないです」
だから、二度三度、工程ごとの確認をして、多角度で仕事の進み具合を見ていく。ひとりで全てを行うギョウカンにおいて、その一人がポカミスをしたら。
「すみませんっ」
そのミスは全社員に迷惑をかける。
外注への発注を、し忘れた、なんて。これで発生した遅れがズレ込んだりしたら、もう。
「……最悪よ」
ぎゅっと唇を噛んで、ブリ子の溜め息を聞いていた。
発覚したのが五分前。
ブリ子が「は?」ってパソコン画面を睨みつけてた。終業の五分前、いつもブリ子が作業の見逃しがないかを確認している中で見つかった、大きな大きな、ポカミス。
「すみませんっ! 今から、確認して遅れの分を外注に連絡して早めの対応をお願いします」
「……えぇ、そうしてください」
「はいっ」
落ち込んでる場合じゃない。一日遅れたら、その後の工程でどんだけの人が待ってるのかを考えたら、早く動かないといけない。
まだ文句を言いたそうに睨みながら帰り支度を済ませるブリ子に頭を下げて、パソコンへと向かった。
新ゲームのほうのイラストレーターさんとのやりとりが多くて、どの人とどんな打ち合わせをしたのかごっちゃになりそうで、そっちに気を取られてた。ひとり海外イベントに行ってるらしくて、時差のあるやり取りが続いてて、寝不足で頭がボーっとしてた。その仕事と並行して入ってくるギョウカンの業務、それに、訊きにくい重たい雰囲気の職場で毎回質問しては吐かれる溜め息にも、なんかテンションは下がり気味だった。
なんて、どれもこれも言い訳。
だから、全部をグッと飲み込んで、自分の大失敗をした時のことを悔やんでる。あの時、もっとちゃんと確認をしておけばよかったんだ。
でももうやってしまった。
「えっと、まずは、こっちの外注さんに連絡を」
バカだ。ホント、ただのポカミス。
「あ、やばい。これって、工数の確認してないじゃん。請求金額の……えっと」
いつかやらかすかもって思ってたんなら、ちゃんと対処しろよ、俺。
「えっと……」
そりゃ、ブリ子だって呆れるよ。外注への発注タイミングは間違えるなって、確認何回もしろって言われたのに。連絡書には確認しましたっていう印のレ点を入れておくようにって言われてた。けど、手元にあるそれにはレ点が一つも入ってない。それが悔しくて。
「……っ」
「バカ」
「!」
声と一緒に頭に振り下ろされた、優しくて温かい手。
「つ、ちや……」
「外注作画の依頼、し忘れたんだって?」
びっくりして、目玉から零れそうだった水が止まった。
「今さっき、そこでブリ子が一課の先輩に言ってるのが聞こえた」
「……」
きっとひどい言われようだったんだろう。帰り際もめちゃくちゃ面倒なことを起こしてくれたって顔してた。だから自分には関係ない、自分はその仕事にノータッチだったんだって、あっちこっちで主張してると思う。一緒に仕事をしてると、責任の所在をすごく明確にしたがる時がたくさんあったから。俺のポカミスを少しだって被りたくないっていうのがすごかった。
「俺が、須田に仕事の比重かけすぎたか?」
「! ちがっ! そんなんじゃない! 俺がただ」
「バカ、これは仕事だぞ」
土屋が眉間に皺を寄せた。不機嫌そうな顔をして、でも、俺の頭の上に乗ってる手はやっぱり優しくて温かい。
「お前一人が悪いなんてことは、ねぇよ」
「……」
「絶対にだ。だから、お前ひとりが居残って対応するなんてこともしなくていい」
「っ」
ヤバイ。
「ほら、どれ? 外注に発注すんだろ? それとできるだけの日程の繰上げ頼めばいいのか?」
「ちょ、いいって! そんな。土屋は土屋の仕事がっ」
「バーカ」
今度は連絡書を丸めて作ったメガホンで、ぽこんって優しくはたかれた。
「これだろ? 半分、俺がやる。一日くらいの納期短縮どうにでもなる。営業の俺が言うんだから、本当だ。っていうか、どうにかしてやる」
「でもっ!」
「手伝う。俺のパートナーのヘマは俺のヘマだ」
ヤバイ。なんだよ。なんでこんなことすんの。
「だから、ある意味、ブリ子の対応はありがたい」
「……」
「ブリ子に須田のパートナーとしての権利を譲らずに済むからな」
なんで、そんな優しいの。
「土屋……」
「あのな。こっちは納期対応で融通利かせてもらうのなんて日常茶飯事だっつうの」
吊橋効果、って知ってる? 吊橋を誰でもいい、そこら辺にいた知らない人でいい。その誰かと一緒に渡りきると、ゴールした時には恋に落ちてるんだってさ。スリリングな経験で心臓がバクバクするのを、隣のいる人への恋心って、頭が間違えて捉えちゃうんだって。心臓の素直な反応を、脳みそが取り違えるっていうやつ。
きっとそういう効果が今、俺に発生してる。ピンチに陥った俺を助けてくれるヒーローに、危機を一緒に乗り越えてくれるパートナーに、心臓がバクバクしてる。
「礼は酒、イッパイ、でいいよ」
「っ」
「ちょ、おい、なんでそこで涙ぐむんだよ」
「だ、だって」
一人でどうしようって思った。テスト課にいた時はテストするだけだったし、そこで見つけられなかったバグとか問題点があってもそう大きくはなかったし。最後、プログラミングの総チェックを他の人がするから、ダメなところはほぼ掬い取れた。だから、平気だった。
こんな俺一人のミスが会社に損益になるなんてことは今までなかった。
だから、こんなポカミス、こんなでかいミスをして落ち込んだし。途方に暮れそうになるし、しょぼくれる。
それなのに、こんなふうにフォローしてもらったら。
「だって……」
不敵に笑う土屋の優しい手になんか、もう、吊橋がぐらんぐらんと揺れてるくらいの何かが起きちゃいそうじゃん。
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