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第15話 ブルーなマンデー
「や、もう、好きになればいいじゃん」
一樹が今度は落花生の中身を探してる。
今日は明日が休みだし、ちょっと羽を伸ばそうかなって、二つ乗り換えて行き着けのゲイバーまで足を運んだ。
「……んー」
俺のポカミスの件は土屋のおかげでその日のうちに収まり、発注と納期の前倒しも土屋がテキパキと済ませてくれた。
すごかったんだ。
仕事ができるって思ってたけど、本当に、勉強になったっていうか、勉強にならないほどレベルが違ってた。
何度も見惚れてた。
「むしろ、なんで我慢してんの?」
そう、何度も見惚れた。カッコよかったんだ。電話での応対のスマートさ、会話の巧みさ、それに電話をさ、こう、肩と首で挟んで持ちながら両手はすごい速さでキーを叩くとことか、なんですかあれはって呟きたくなるほど様になってたし。
「……だって」
「好きなんだろ?」
「……」
カッコよかった。抱き締められてドキドキした。あの瞬間、キス、したいって思った。思っちゃった。
肩を竦めて、手元のグラスを見つめる。
あのまま、キスして、お酒でも飲んで、そんで、好きだって言ってくれてる土屋と、その、夜を――なんてことを、したいと思ってしまった。
「仕事仲間だし」
「……」
「なんか、気まずくなってもまずいだろ?」
「……」
「それに俺、土屋に比べたら仕事全然できてないし、ポカミスのフォローしてもらいっぱなしじゃ、情けないじゃん。もう少し、ちゃんと一人前にならないとさ」
「……それだけか?」
一樹の見透かしたような視線を避けて俯いた。
今言った理由は本当。マジでそう思うよ。頼れよって言われたけど、頼ってばっかじゃダメだって思うから自分でもそれなりに頑張ってる。けど、昨日も二人で打ち合わせの時に心配してくれて、大丈夫か? って、優しく尋ねられて。
「……」
嬉しかった。もっと話したいって思った。
「おら、祐真、言えよ」
お疲れって言われて、今夜晩飯でもどうって、言いたかったよ。
「ぶっちゃけ、どうなんだよ」
「……だって」
もう、オカシモとか、完全無視したくなってるよ。
「怖ぇんだもん」
「……」
「土屋、ノンケなんだぞ」
「言ってたな」
「今までずうううっと女の人とだけ付き合ってきたんだ」
それがどういうわけか俺のことを好きになった。同性の俺を。気の迷いじゃないって土屋は言うけどさ。自分の顔面見たことある? って訊きたいよ。そんなイケメンで、女の人が放っておくわけない。
「恋愛対象がずっと女の人だったモテモテ野郎を恋人にしたら、俺の心臓もちそうにないよ」
「……まぁな」
ここにいる同じゲイの人のほうがそういう心配はしなくていいじゃんか。心臓もHPもまだ全然大丈夫じゃん。
「わからなくもねぇよな」
「……でしょ?」
きっとそれこそ、土屋にはわからないことだと思う。今までは性別とかマイノリティーのことを考えたりしなかったはずだ。
「……」
「まぁ、いいんじゃね?」
「一樹」
「それより、ブリ子は? 最近、馴染めてきた?」
「! 馴染めるわけないだろっ! この前、ポカミスやらかしてから、すごいんだからっ」
「あはは、マジか」
マジだよ。もうすっごいライン引いてくるんだ。責任ライン。ここは自分がやった作業、そっちは貴方がやった作業。だから、私はそっちのことは関与しません。我関せずです。っていう線引きがすっごい極太油性ペンでされてる感じ。
でもそのほうが助かるけどさ。
今、ブリ子に教わった「無駄」な確認作業をブッ千切って無視して仕事してるから。土屋が教えてくれて仕事の流れも大体わかったし。すごく作業がしやすくなった。テスト課はそういう物の流れからは少し外れたところに付随している部署だったから。イマイチわかってなかったことがたくさんあった。
「こーんな般若顔でさ」
「っぷ、すげぇ顔」
それこそ日頃の鬱憤を晴らすべく、ゲイバーの一角で騒がしさに紛れて悪口をたくさん呟く。ここでなら会社の人に聞かれる心配はほとんどないから。
月曜、ブルーマンデーだっけ。俺はあまりそういうのなかった。けど、ギョウカンに異動になってからは少し、イヤ、けっこうブルーなマンデーだったんだけど、今日は一樹のおかげですっきりしてた。それに、最近は少しブリ子離れできてきたし。
「おはよー須田」
「あ、福田」
「珍しいね。この時間に出社って。ギョウカンに異動になってからはずっと早めに行ってたよな?」
一時間早い電車で行ってた。
「あー、うん」
「今日は遅めで大丈夫なん? って言っても、普通に定時刻の出社だけどさ。あ、俺、コンビ二寄る。須田は?」
「う、ん」
本当は早めにしたいところだけど。早くに行くと、土屋と会うかもしれないから。あったら、また、なんか胸のところがじわじわしてくるから、わざと時間を元に戻したんだ。それでも作業が滞ることはなくなったからさ。だから、遅くてかまわないと、福田と一緒にコンビ二に寄ることにした。とくに買いたいものがあるわけじゃなかったけど。
――なぁ、祐真。けどさ、無理してまで、好きになるの我慢することないんじゃねぇの? 傷つくのもさ、そいつなら、なんか今までみたいなことにはならそうじゃん。
うん。俺もそう思う。今までとは違う気がしてる。本当に優しくてカッコいいよ、土屋は。
「……ぁ」
福田がお昼を選んでいる間にフラフラしてて見つけた。ここに売ってたんだ。駅から会社までの徒歩二分、その間にあるコンビ二。そこのお菓子コーナーにあった苺飴。
これだった。土屋が俺にくれた甘い甘い飴玉は。
甘すぎてなんの果物のフレーバーなのがわからないほどだったけれど。そっか、これか。
美味しかったから買ってみようかと、手を伸ばした。そして横から細くて白くて華奢な手が同じものを追いかける。
「あ、ごめんなさい」
「……」
それは人事の美人さんだった。
「いえ……」
土屋が持ってた、俺にくれた苺星人の飴。
それを嬉しそうに一袋持って、レジへと向かう彼女の背中を見て、やめた。
「おーい、須田、レジ終わったー。行こうぜ」
「……うん」
俺は、飴を、買わなかった。
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