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第17話 立ち往生

 どうしよう。こんなの初めてだ。  好きになることにビビるなんて。 「あ、もしもし、ギョウカンの、須田です。お疲れ様です。えっと、ヒナさんからメールが来てました。えっと、いくつかラフ絵ができたそうです。でも、パソコンが故障したため、メールするのは数日遅れる、とのことです。そ、それでは失礼します」  こんな留守電にメッセージ残すだけでもドキドキするなんて。声が、変なのになっちゃった。 「お前、声ひっくり返ったぞ」 「だ、だって仕方ねぇじゃん!」  一樹をわざわざ呼び出してしまった。だってそんくらいどうしたらいいのかわからないんだ。  今まで、好きだって思ったらすぐに告白してた。相手が同じゲイだっていうこともあるけど、ホントのぼせやすい性格してるからさ。あ、そういえば風呂の時間も短い。すぐに熱くなるから、子どもの頃はよく風呂から上がるのが早すぎで温まってないって突っ返されたっけ。  そのくらい猛進タイプの俺がすごく立ち往生してる。というより、進むのが怖い。 「だって……」  好きだって認識したあと、こんなに立ち止まってるのは初めてだ。 「まぁ、そうなるよな」 「……」 「お前いっつも速攻だもんな」 「……うん」  会社が終わったのとほぼ同時くらいだった。今日は比較的穏かに仕事を進められて、定時上がりがかなった。というか、土屋が教えてくれた手順のおかげで最近はそこまで忙しくなかったりしてる。でも、それはそれで、じゃあ、今までブリ子はどうしてあんなに忙しそうだったんだろうって疑問が浮かんではくるけれど。ひとつ流れがわかればそこから芋づる式で作業と確認と連絡と確認と作業が一連の流れで繋がっていった。ここがこうなるから、あっちでこれを調べる必要がある、みたいな感じに流れが掴めると省ける場所もわかってくる。そして、仕事が少しずつ楽になっていく。  だから今ちょっと余裕があるっていうかさ、土屋の手伝いが出来たらいいかもって、メールをすっごいこまめにチェックしてるんだ。イラストレーターさんはプロだけれど、絵副業で日中仕事しながらって人もいて、連絡が夜ってことが多い。今さっきのヒナさんもメールが来るのは大概遅い時間。  だから、それを土屋よりも早くチェックして、俺からの返信で済ますようにしてみたりさ。そのくらいしかできないけど、そのくらいなら、俺だってできるから。たいして役に立たなくても。  三日連続で定時上がりが続いてて、最近の悩み事を一樹に相談しようと駅で待ち合わせたながらもメールを細かくチェックしていて見つけたヒナさんからの連絡。  ちょっと飛び上がってしまった。  まさか、あのヒナさんから俺と土屋にもだけれどメールが届くなんて。で、テンション高くなるし、またひとつ手助けになったかなって。 「そんで? どうすんだ? 今の電話の、土屋だっけ?」  どう、しようか。 「告白すんの?」  自分でもわからないんだ。  告白、したら付き合えるのかな。好きって言ってくれたのはまだ有効なのかな。それとも、もう無効? やっぱ、人事さんのほうがいい? いや、もし有効だとしても、付き合うってなったら、あまりの凡人さに呆れる? 気持ち、薄れる?  そんな場合、俺は、今までみたいに一樹に愚痴ってすっきりして、そんで翌日には切り替えられてる? 「まぁ、とりあえず、俺も一件、内装デザインの仕事が終わったから」 「あ、そうなの? すごいおめでとう」 「そんなわけだから、今日は飲むか」 「おー!」  すでに酔っ払ったみたいに肩を組んでくるのが一樹なら大笑いできるけど、これが土屋なら俺は笑うどころか、ブリキの玩具に変身する。  こんなに好きになった時にはどうしたらいいんだろう。こんなの初めてでわからなさすぎて、怖いからさ。 「いっぱい飲むぞー!」  すっごい迷子になってるんだ。  ぞくぞくとイラストのラフ、線画が送られてきてた。時間の経過と共に、少しずつでも新ゲームが進んでいるのがわかる。  憧れてた、雲の上の人だと思っていたイラストレーターさんとのやり取り、シナリオライターさんとのメール、全部に毎日興奮してる。 「あ、ヒナさんからだ!」  告白うんぬんのほうは、あのまま立ち往生続行中だ。 「……マジで?」 『お疲れ様です。パソコンのほうですが思ったよりも時間がかかりそうです。絵のほうはアナログで描けるのですが、ラフ、線画までの確認を一度お願いしたいと思っております』  ヒナさんはこのゲームのメインキャラクターを描くメインイラストレーターのひとりだ。美麗で色っぽいイケメンを描かせたらダントツだと思う。美男子が勢ぞろいする恋愛シミュレーションゲームには描かせない人だ。 「持田さん。すみません。営業行ってきます」 「え? 営業? 貴方そういう場合は」 「はい! すみませんっ」  営業課へ、でしょうがっていう小言を予測しながらも慌てて二階の営業一課へと急いだ。  打ち合わせ大変だと思うんだ。俺は最近時間に余裕が生まれたから。そんなふうに楽に作業を進められるようになったのだって土屋のおかげだし。だから、手伝うよ。 「っと」 「うわっ!」  角のとこ、まるで漫画みたいだった。 「わりっ!」  急いでた俺は廊下の曲がり角でまるで少女漫画か、昔のドラマみたいに誰かに激突してしまった。いや、誰かじゃなくて。 「須田」 「つ、ちや」 「鼻血出たか?」 「んーん」  鼻血が出そうなくらいは激突して鼻がめっちゃ痛いけどさ。 「あ、ふちや」 「っぷ、鼻声すげぇ。鼻大丈夫だったか? 潰れてねぇ?」  クスッと笑って、俺の潰れてても潰れてなくてもさして変わらない低い鼻のてっぺんを指で摘まれた。摘まれたんだ。 「だ、じょぶ」  微笑みかけられて、そんで、今、鼻のとこがジーンってしてる。 「どっか急ぎ? なんか、あったか?」 「ごめん。あの。ヒナさんからメールが着てた。読んだ? あの線画の状態で一回確認してもらいたいって」  優しい声で言われて、鼻先の痺れを気にしないため大きな声で説明した。パソコンがまだ直らなくて、これじゃ納期に遅れが生じかねない。だからって。 「あ、あぁ」 「俺、行って」 「いや! 大丈夫!」 「……けど」  腕を少し強く捕まれてびっくりした。  それとそんな思いっきり断られるとは思わなくて。けど、今かなり大変なんじゃないの? なんか、最近、営業一課バタついてんじゃん。ブリ子がブーブー言ってたんだ。営業一課で誰かひとり長期で休んでて、それが急遽だったから、仕事のフォローがあって、イヤだとか、そんな文句を。 「忙しいだろ? 土屋」  きっとその一人分を皆で補ってるんだろう。土屋も外出することが多い気がする。 「打ち合わせは俺が行くから!」 「平気?」 「あぁ、平気だ!」 「俺のことなら気にしなくていいよ。最近仕事すっごいはかどってるしさ。それにヒナさん憧れだからちょっと見てみたいっていうか。あはは。公私混同だけど」  別にヒナさん本人に会いたいわけじゃない。好きなのはヒナさんの描く絵だから。けど、そんなふうに言ったら、土屋も俺に仕事頼むの遠慮しなくてよくなるかなぁって思ったんだけど。  俺は外出するような職務じゃない。それでもやっぱりギョウカンで忙しくてヘトヘトになる。土屋はそれ以上のはずだろ? だから、手伝えるかなぁって思ったんだけど。 「平気だからっ、俺が打ち合わせ行く。須田は、行かなくていい」 「う……ん」  土屋の手が、すごく強く、俺を掴んでいた。

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