『お疲れ様です。ラフ絵のほうの微調整終わりました。パソコンのほうは来週直って返って来る予定です。その前に、いくつかまた確認をお願いできればと思います』 「何卒、宜しくお願いします……」 　そうヒナさんが、あの神絵師で、プロで神様なヒナさんがメールを送ってきてる。 　あれ、言わなきゃよかった。公私混同なんてこと。それを言ったら、楽しそうに思ってくれるだろうから、土屋は頼みやすくなるなかぁって思ったんだよ。けど、逆に引かれたのかも。頑なに土屋は自分が行くって言い張ってた。 　そんな公私混同で仕事されたくないって思ったのかもしれない。そんなファン位置からイラストレーターとのやり取りとかされたら、仕事にならねぇっ、って思われたかも。 　呆れられたかも。 　それか、ヒナさんが女性だから、俺が好きになっちゃうかもー、とか？ 「……」 　うわぁ……自分で考えて自分で恥ずかしくなる。ゲイだから好きになることはないけれど、でも、それでも土屋がヤキモチ的なことをしてくれるのかもと自惚れた、恥ずかしい妄想をたった今繰り広げたことに自己嫌悪だ。 　もう少し自分の身の程っていうやつを知ろうよ、俺。 　基本、ヒナさんとのやりとりは全て土屋がやっている。俺も一応はその会話に混ぜてもらってるけれど、完全なる傍観者だ。 　すごいなぁって思うんだ。土屋は返信とかの対応も早くてさ。ヒナさんがメールをした二時間後には大概は返信している。社内での業務連絡なら即座でもさ、こういう仕事だと外部に発注とか多々あるわけで、その多々ある連絡を早くすればするだけ、タイムロスがなくなる。効率化もはかれるし。何より仕事が進む。半日連絡待ちで停滞しまくりで終える仕事との仕上がりの差は、そりゃ一目瞭然だ。きっと土屋の能力の差はこういうところにもあるんだと思う。それなのに。 「うーん……」 　土屋からの返信がない。 　ヒナさんから連絡があったのが昨日の深夜、というか、今日の早朝？　いつもだったら、朝一くらいのタイミングで土屋が返信をしているはずなのに。もう昼近く。まだ返信はない。 　あいつ、今日って外出だっけ？　他部署だとそういう連絡は回ってこないから。俺にわかるのは、ブリ子が急に席を立ったっきりずいぶん帰ってこないなぁとか、そのくらいしか。 　どうしよう。俺が返信する？　っていうか、土屋のいる営業一課まで行ったほうが――。 「あらららぁ大へーん」 　びっくりした。ホント、口から心臓飛び出るかと思うほどびっくりした。 「大変だわぁ」 　いきなり部屋の扉が開いたことも、その開いた扉からブリ子がとっても嬉しそうに顎割れ笑顔で入ってきたことにも。 「大変よねぇ」 　それ、俺に言ってる？　ひとりごと？　独り言ならスルーするけど、でも、俺とブリ子しかいない部屋で、そんな大きな声の独り言、言っちゃう？　言っちゃいそうな気もする。ずっとひとりでやってたからか、仕事中よく念仏みたいなのを唱えているのは知ってるし。だから、これも独り言なのかもしれない。受け答えをしたら、めつちゃくちゃ怪訝な顔される。 　そう思ったけど、そうでもない？　今すごく俺のほう見てるけど。 「あー……ど、どうかしたんですか？」 「それがねっ！」 　本当にびっくりした。まさかそんな前のめりで話聞いて聞いてモードだとは思いもしなくて。思いっきり、びっくううってなってしまった。お化けに遭遇したレベルのびっくううだ。 「大変らしいのよぉ、営業一課」 「え？」 「なんか誰かミスったらしくて。今、営業のある二階フロア大騒ぎよ。副社長までいたもの。大変よねぇ」 「……え？」 　ミスって。 「なんか、たぶん、土屋君の下にいる新人。その子が凡ミスしたみたい。土屋君も巻き込まれて大変だったわぁ。編集部がブチ切れてるってぇ」 　ふふふって笑ってる。なんで、そんなミスに笑うのか、楽しそうなのか、ギョウカンは四階で、いつも書類の配布は面倒だから俺にやらせるくせに、営業のある二階にどんな用事があったのか。なんてことを思う暇もなかった。 「土屋が」 「らしいわよー。責任問題とかならないといいけどぉ」 　嫌な人だけど、それどころじゃない。 　だから、ヒナさんへの連絡が出来ないんだ。その新人のミスをカバーするために忙しいんだ。 「あ、あの……持田さん」 　仕事大変そうだなぁって見てるだけ。手伝いたいのに、他部署の俺にできることがなくてもどかしいだけ。何かあいつの手助けになれたらいいのに、そう思いながら傍観者のままでなんていたくない。 「俺、ちょっと、今日、ゲームのほうのであとで外出します」 「え？」 「すみません。仕事はちゃんと終えてからにしますから。すいませんっ」 　ひとつ溜め息をつくよりも、俺にも新ゲームの各進捗に遅れを出さないようにすることくらいのこと、したい。それなら俺もできるから。 『お世話になっております。営業担当者の代わりに対応をさせていただきます。須田です。お返事いただいた件ですが……』 　土屋が大変なら、俺がしておこうよ。このメールのやり取りはちゃんと土屋にも送られてるから、あとで時間できた時に確認してもらえばいい。ヒナさんは新ゲームのキャラクター設定で中心を担うイラストレーターだから、この人が遅れると広報とか他にも色々大変で、そうなれば土屋の評価だって下がるだろ？　俺はいいけど、土屋はダメだから。 　パートナーの俺がフォローする。 　そう思って急いで返信をしてから、ヒナさんのところに伺う時間を作るべく、慌しくキーボードを叩き始めた。 『ご連絡ありがとうございます。五時くらいにお願いできますでしょうか』 「えっと、ここ……かな……？」 　スマホを握り締めて見上げた高層マンション。十三階建て。そして、ここに神イラストレーターヒナさんがいる。 　どんな人なんだろう。すっごいカッコいいイケメンを描かせたら天下一品！　だったんだけど、去年、ヒナさんがド嵌りしたって言ってしばらく描き続けてたイケオジも最高だった。渋くて、じいいいっと眺めたくなるエロさ？　っていうの？ 　そんなのを描けちゃう人だから、美人なんだろうなぁ。あ、前に絵を描いてるとこを動画配信してて見たことあるけど、色白ですっごい綺麗な手をした。 「一、二……五」 　十二階なんてめっちゃ高いところに住んでて。色白で、イケメンもイケオジも描けるハイレベルのクリエイター、ヒナさん。 『……はい』 　ヒナさん。 「……あ！　すみません！　えっと、五時から面会のっ」 　面会ってなんだよ！　面接、じゃなくて、えっと、あ、そうだ！　ミーティングじゃん！　なんだよ！　病院？　それとも刑務所ですか？ 『はい。どうぞ』 　でもさ、だって、今、インターホン越しの声が低くてさ。 「こんにちは。面会に来てくださったんですね？」 「！　す、っすみません！」 「須田さん」 　低くてびっくりしたけれど、十三階建ての高層マンションに住む神絵師ヒナさん、神様ヒナ様が、まさか、まさか。 「僕が、ヒナです」 　男性だなんて、思ってもいなかったんだ。