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第19話 神様のご乱心
「僕がヒナです」
そう言ったその人は白い手で長くて綺麗な黒髪をかき上げた。しっとりとしてそうな、細い絹糸みたいな髪は白い肌とのコントラストが綺麗で、すごく、素敵だった。
背が高いけど、スラッとしてて細身で、涼しげな目元に黒い瞳、白い肌はほんのり頬だけ色付いてそうで。
俺が、ゲイだから、なんだろうけれど、あの美麗なイラスト、去年ド嵌りして描き続けてたイケオジさんにその、色々、エロいことをされてそうっていうか、なんというか――もうそうとしか見えないっていうか。
「須田さん、ですっけ?」
「ひゃっ! ひゃい!」
俺のおかしな返事に一瞬だけ目を見開いた。そして、薔薇を背負って微笑む伯爵とか公爵とか、よくわからないけど貴族の自画像みたいな、そんなお上品さで笑ってる。
「どうぞ、中へ」
「ひゃい」
またおかしな返事になった。香水? 甘くて濃厚な匂いがする。すごい、俺、香水ってつけたことないけど、家にいてもつけるもんなの? ねっとりずっしりした甘さは鼻にすごく残る。これを一日つけてたらさ、ご飯の時とかどうなるの? これの味になっちゃいそうなんだけど。
「僕が男でびっくりした?」
「ひえっ! ぁ、いえ」
甘い香りの充満するパープルブラウンと白でカラーが統一された部屋はまるでお菓子のようだった。
性別を勝手に勘違いとか失礼極まりないだろ。慌てて謝ると、埃一つない硝子のサイドボードを白い指でツーッとなぞった。
すげぇ。俺そんな仕草、自分の部屋でやったことない。そんなんしようもんなら、指先に薄っすらねずみ色をした雪が積もりそうだ。埃っていう雪が。
「ヒナって名前でけっこう女性だと思う人いるみたいだよね」
「……」
「まぁ、僕も身バレあまりしたくないから、女性って思ってもらえていいんだけど」
俺を部屋へと案内して振り返るヒナさんの髪が、神様の髪がふわりと揺れる。なんだかシャンプーのコマーシャルでも眺めてるような気分だ。綺麗な絹糸髪はなんならサラサラと音がしそうなほど。
「あ、そうだ。お茶だよね」
「いえ! そんな! おかまいなく! お仕事の邪魔をしてしまい恐縮です!」
「フフ、君だって、今お仕事中でしょ?」
フフって笑うの、映画かドラマの世界のことだと思ってた。ほら、あれと同じ。突然、犯人が身の上話をするのに立ち上がって窓辺に行くとの同じ感じ。もしくは、悪役の人が突然笑い出して「あーっはっはっは」の後に一回、間をおいてからの、リピート「あーっはっはっは」みたいなさ。
それにしても綺麗な人だ。美形だと美形描くの上手になるのかな。いや、なんていうの? ここまで絶対的黄金率なお顔をしてれば、もう自分の顔を鏡で見ながら描いちゃえるっていうか。
「……」
そんな人がじっと俺を見つめてて、別に焦ることなんてないのに、焦ってしまう。
「あ、えっと、あの、ラフ絵の確認を」
「あぁ、そうだったね。こっち、アトリエにあるんだ」
「!」
うわあああ。アトリエ! 神様ヒナ様のアトリエ訪問とか、テレビ放送あったら即録画してた。
とりあえず物理的撮影はできないから、脳内に永久保存版で撮影して、あとで一樹に報告したいけど、それってプライベートだからダメだよね。
「どうぞ。これなんだけど」
「はっ、拝見します!」
まるで卒業証書でも受け取るように両手で受け取った。だって、普段はデジタルで描くヒナさんのアナログ絵なんてそうは見られない。すっごく貴重だから。指紋ひとつつかないようにそっと端を指でしっかりと持った。
「……うわぁぁ」
出てきた言葉はもうファンのそれだよ。
でもそのくらい綺麗でカッコいい顔、ラフなのに立体感さえ滲み出る上手さ。
「もしかして、須田さんって僕の絵、気に入ってくれてたり、する?」
首を傾げた仕草はどこか少女のようだった。黒く繊細な髪がその印象を更に強くさせる。
「は、はいっ!」
「そうなの? うわぁ、嬉しい」
やっぱり少女みたい。笑うと長い睫毛が際立ってる。
「そっかぁ、ちょっと感激だぁ」
「そんな俺一人じゃないじゃないですか。ヒナファン。すっごいいっぱいいて、ツイッターだってインスタだって」
「見てくれたりしてるの?」
「はい! 学生の時からずっと」
こんなに人気の神クリエイターでも、俺みたいな一般人ひとりに褒められて嬉しくなるもん? 白い頬がピンク色になった。なんて謙虚な人なんだろ。優しくて美人で、すごい絵だって描けるのに。そんな素晴らしい神様だからなのか、一般人な俺と気さくに話してくれた。
「ぁ、去年の、イケオジシーズンも最高でした」
「えー? ホント?」
「はい! あの絵、ゲイバーとかで悲鳴上がり……ま」
ちょっと憧れのヒナさんと直に話せて舞い上がってた。
ふわふわしちゃってた。公私混同しないって言ってたはずなのに。土屋の手伝いになればって思ってやってきたはずなのに。本物が実は男性だってことにも、本物の美麗さにも驚愕しっぱなしで、つい、口が滑って、ゲイバーとか言っちゃった。
「ふーん……」
「あ、あの、あのこれは」
「フフ、ゲイなの? バイ?」
「へ? あっ、えっと」
「僕はね」
ふわりと、まるで天女のように微笑むヒナさんになんて言ってごまかそうかと。
「僕はゲイ。ガチゲイ」
「ぇ……えぇ!」
まるで美少女のよう……だったはずが、今、「ガチゲイ」宣言をしたヒナさんは可愛さゼロの男前さんで。
「それでね。さっき、身バレしたくないっていったでしょ?」
「……」
「やっぱりさぁ。ヒナっていう名前が知られてるからさ」
「ひぇ?」
「素行? っていうの? が、ね。節操なしなんだよね。僕」
なんて赤裸々な自己申告なんでしょう。
「美味しそうな子見つけると我慢できないんだ」
顎のところを撫で上げられて、びっくぅって飛び上がってしまった。そして、ハイレベルな場所に住むハイレベルの神様のご乱心に。
「それでね、君、ドストライクだったから、我慢できなくなっちゃった」
ハイレベルじゃない俺は何か立ちくらみがしてしまった。
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