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第20話 変なの。
「あ、あの……」
じりじり、まさにじりじり。背が高いのか、俺がチビなのか、まるで妖怪ぬりかべのように立ちはだかるヒナさんに苦笑い対応をするけれど。
「さっき僕の絵をすっごい褒めてくれて嬉しかったぁ。笑顔が可愛いよね。須田君」
「あ、えっと」
天女のような、美少女のような、名前だって可憐で、描く絵も美麗で、あ、去年はおじさん描いてたけども。そうそう、ヒナさんがガチゲイなら、それこそ、そのおじさんにすっごい寵愛されてそうな、愛人とかめっちゃ似合う人だけど。もしかして。
「啼かせたくなっちゃう」
「!」
もしかして、バリタチだったりするんですかっ!
「喘がせて、啼かせてみたいなぁって」
やっぱり、バリバリタチさんだったりするんですかぁっ!
「あああああ、あの」
「セフレとか作らないタイプ?」
「つ、作りませんっ!」
「真面目なんだね。余計に可愛い」
何か、おかしなとこに火がついたりした? じりじり、が、にじりにじり、になって、もうついに後ろが壁なんですけども。
もう逃げ場がないんですけども!
「かっ、可愛くないです! あの、俺なんて」
「可愛いよぉ。今まで彼氏どのくらいいた?」
「へ? あ、えっと」
どのくらいだろう。
「ほら、考えるほどいたんでしょ? モテモテじゃん」
「そっ、そういうわけじゃ」
と、とりあえず、とりあえず落ち着こう。そうそう、落ち着いて。ヒナさんは仕事先の人だから、あまりムゲにはできないけれど、やんわり断って。
「じゃあどのくらいいたの?」
「……」
「でも、そんなものじゃない? それでいいと思うし。楽しいのが一番でしょ?」
ちょっと、びっくりした。自覚してなかったけれど、今、ヒナさんに言われて、数えてみたら、元彼の人数がけっこうさ、たくさん、だったんだ。すぐに好きになって告白すると、すぐにOKもらえてたから。でも、そうだよ。元彼がほぼ二股で別れてるんだから、お付き合いそのものがお手軽な出来事ななのかもしれない。
「でも、男同士だし、女の子みたいな面倒もないじゃない? けっこういない? 悪く言えばヤリチンっていうかさ。じゃなきゃ、ハッテン場なんて場所、できないでしょ?」
俺だって、カッコよくて、しゃべりやすい人だとすぐに好きになってたじゃん。
「僕は、どう? 好みから大外れ?」
その上、憧れの神様からのお誘いなんてさ。
「お試し期間とか、どう?」
大歓迎だったんじゃないかな。
「土屋さんじゃなくて、連絡のやり取り、君としたいなぁ」
「……ぁ」
「うん?」
きっと大喜びだった。きっともう好きになってた。玄関開けていただいて、ふわりと微笑まれて、ゲイだってわかった時点で、もしかしたら運命とか思って舞い上がってたかもしれない。
変なの。
今までオカシモがちっとも守れなくて、あんなに何度も失敗したのに。
「連絡、未熟ですが、俺、じゃなくて、私のほうがヒナさんのご都合に合うようであれば、そうさせていただきます」
今、そんなに慌てなくたって、「オカシモ」をかざして唱えなくたって、落ち着いてる。
「でも、すみません。私は仕事とプライベートはきっちりわけています。それに、今は仕事に、この新ゲームのプロジェクトを頑張りたいと思っています。なので」
――ピンポーン
その時だった。割り込むようにインターホンが鳴って、ヒナさんが顔をそっちへ、書斎の扉のほうへ向ける。
「ちょっと待ってて」
「はい」
うわ……すごいな。今は心臓ドキドキしてる。胸の中で飛び跳ねて暴れてる。それは口から飛び出てきそうなくらいで、今、ヒナさんがインターホンに出て行ってしまって、アトリエにひとりぼっちだから、見られないように口元を手の甲で雑に拭った。深呼吸して、暴れてうるさい心音にまた緊張を煽られる。
丁寧に断ればきっと土屋の、会社の、迷惑にはならないと思う。仕事は仕事って割り切ってやってくれるだろうし。ヒナさんは綺麗なんだし、俺ひとりに振られたからって別に平気でしょ。引く手数多だろうしさ。
「……」
っていうかさ、それじゃなくて、びっくりしたのは、オカシモ、なくても全然大丈夫じゃん、俺ってことだ。
落ち着け、カッコいい奴ほど気をつけろ、しゃべりやすい奴も気をつけろ、もう少し待て。
「須田!」
待て、なんてしなくたって。
「!」
「須田」
平気じゃんって思ったのに、今、この一瞬で、慌て出す。
「ヒナさん、ラフの件、ありがとうございます。須田、俺も確認する」
「あ、は、っはい」
一瞬で、熱くなる。
「…………いいと、思います」
「ぁ、ホント? よかったぁ」
「是非、このまま進めてください。あと、パソコンが直りましたら、またご連絡を宜しくお願いいたします。少し日程余裕持たせてありますので」
「その連絡なんだけどさぁ。土屋さん忙しそうだし、次からは」
土屋を見ただけで、変になる。
「いえ、引き続き営業担当の私へお願いします」
「うーん……」
「今回イレギュラーで私の代わりとして須田に対応をお願いしていますが、基本社内の管理業務を担当している内勤の人間ですので」
もう、全然、守れそうにない。
「それでは失礼致します。須田」
落ち着くのなんて無理だ。
「帰るぞ」
さっきあんなに淡々と動けていた心臓が、ほら、もう、こんなに騒がしい。
もうちっとも待ってくれないんだ。迎えに来てくれたことに大喜びしてる。トクトク、ねぇねぇって、早く言わせてとうるさくて仕方ない。
「はい」
君のことが好きだって、言いたがってさ。
静かにしてくれないんだ。
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