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第22話 こそり、こしょり

「さすが、露骨ですな」  ブリ子はやっぱりすごい。なんか、すごい。こんなトランプの神経衰弱みたいに連絡メモをびっしり並べられて、それこそ神経が衰弱しそう。俺が慌てながら、ギョウカンの仕事を中途半端で押し付けて、期待をかけられてる自分の仕事を最優先にさせたって思って、ムカッときたんだろう。  デスクの上に並ぶ神経衰弱ばりの連絡メモを一枚ずつめくっていた。  でも、実は、ぶっちゃけ神経は衰弱しないよ。こんなんでへこたれてたら、ギョウカンでブリ子とのツーショット八時間なんて耐えられない。あと、どの仕事もちゃんと片付けたし。連絡メモに書かれたこと全部、もう終わってる。各工程へのメール配信とかさ。  それより、今は。 「……」  この後のことで頭がいっぱいだよ。  イラストレーターさんが描いてくれたキャラクター原案なんて会社の重要資料だから自宅への持ち込みは当然不可。即座に持ち帰って社内で保管することになってる。  きっと今、土屋はまずそれを営業一課にしまって、それから、何かトラブルが発生してしまったらしい案件の片付けとか、してるかな。  ――そしたら、会社の裏口のとこで待ち合わせな。  どうしよ。土屋がそう言ってたけど、それってさ、それって、デートってこと? になるのかな。  ブリ子からの連絡を全て確認して、全て完了しているのをチェックしてから、部屋の中をぐるりと見渡す。  電気を消して、部屋を出て、そのまま裏の通用口を出たら。  オカシモ、を思い出した。  落ち着いて、カッコいい奴で。 「お疲れ様です」 「あ、おつかれー。今帰りなんて珍しいな」  通りすがりに挨拶をして、廊下を歩く。  オカシモの、シは、しゃべりやすい奴のこと。そんで。モ、は――。 「よぉ、お疲れ」  モ、は、もう、好きになっちゃったの、モ、だなぁなんて、裏口のところにいるスーツ姿が見惚れるほどカッコいい土屋を見て思ってしまった。 「ぉ、お疲れ様」 「……」 「な、何?」 「……いや」  なんだよ、その間をおいた、低い声での「……いや」ってさ。なんか、すごくドキドキするじゃんか。  ふわりと微笑まれて、触れられたわけでもないのに、前にデコチューされたところがくすぐったい。前髪をくしゃって手で乱してごまかしながら、それこそ、落ち着きたくてオカシモを唱えてしまう。  っていうかさ、同期だけど、俺の方が先輩なんだけど? なんで、ノンケ相手にゲイとして先輩であるはずの俺がドギマギしなくちゃいけないんだよ。ゲイ歴、物心が付いた頃からなんだけど? 「あ、なぁ、土屋」 「?」 「そういえば、いつから俺のこと好きだったの?」  突然の質問に目を丸くしてる。もしかして、脈絡がなさすぎた? それとも、うわ、自分で好かれてる発言してるとか、やや引いた? 「ちっちが! 違うから! これは! そのっ」 「けっこう前から」 「へ?」 「好きだった」 「ぇ、マジで? え、いつから?」  そうなの? 俺のことを? 土屋が? 密かに? 人事の美人さんからのアプローチは断ったって言ってた。その前からなのかなぁとは思ってたけど、けっこうって? 「内緒」 「ちょ、なんで!」 「照れるから、ほら、早く飯食うぞ」  こそこそ、こしょこしょ。くすぐったい。 「照れっ! 土屋って照れたりすんの? あ、飯? 飯、食うの?」 「質問を同時にすんなよ。照れるし、今から須田と飯を食いたい。デート。ダメか?」 「!」  デート、俺と土屋が、デート。 「ちなみに、さっき営業に戻って仕事片付けてたら、先輩に言われた。なんだ、嬉しそうだなって」  デコチューされたデコはくすぐったいし、心臓は騒がしいし。 「いいキャラデザもらえたって思ってくれたみたいだけど」  指先は痺れるし、頬は熱い。 「須田」 「?」 「デート、って考えていいか?」 「ぁ……」  好きってこんなだったっけ? いつものぼせ上がって、即座に告白してたけど、こんなふうだったっけ? この人のことが好きですって思った時ってさ、こんなに忙しかったかな。 「あ、いい、です」 「なんで、敬語?」 「いっ、いいじゃん!」  仕方がないじゃん。敬語でぎくしゃくと話すブリキの玩具みたいになりながら、長い足で颯爽と歩くモデルのような、同期で、仕事のパートナーで、そんで、ついさっきそういうことになった彼氏の隣を歩いてる。そして、ドキドキして舞い上がってる。 「須田……」 「?」 「今、検索したんだけど、こういう店は? 晩飯。好き嫌いある?」  呼ぶ声が、たまらなく優しくて、さっきからくすぐったくて仕方ないデコをまた手で隠しながら、見せてくれたスマホの画面を覗き込んだ。 「はぁ、飯美味かったぁ」  土屋ってそういうとこもスマートなんだなぁって、感心した。俺はこういうお店とか探すの下手なんだ。ぶきっちょっていうか。いや、恋愛と似てるかも。一見、雰囲気良さそうなお店だなぁって思って入るんだけど、そこ一角だけがすごく素敵だったり。料理が全然写真と違ってたり。  でも、土屋が選んでくれたお店は雰囲気もだけど、料理がめちゃくちゃ美味しかった。  ハーブチキンサラダなんておかわりしちゃったくらいだし。店選ぶの上手いっていうか、センスが。 「さっきのお店のワインカクテル美味かったぁ」 「酒は、もう平気?」 「んー、たぶん」 「明日も仕事だな。須田のうちはどの辺?」 「ちょっと離れてる。土屋んちは? この辺?」 「あぁ」  から揚げも美味かった! なんだあの香味ソース! あれだけグビグビ飲みたいくらいだったし、そう言ったら笑われたけど。土屋にも料理を運んでくれたスタッフさんにも。  でも、ホント美味かったんだ。 「……この辺」  ホント、店選ぶの上手。 「近い」 「……ぁ、えっと」  俺はお店もだけど、男選びもあんま上手くなかった。外見でほわーっとして、付き合ってみたら中身が全然予想と違ってた。けど、土屋はそうじゃない。センスがいい。 「あの……」  ごにょる俺を真っ直ぐ見つめてる。人事の美人さんじゃなくて、土屋が選んでくれたのは、俺だった。俺が、選ばれちゃったんだ。 「寄ってくか?」  それはつまり、そういうことなわけで。寄ってくかって言われて、俺は、真っ赤になりながら、頷いた。ゲイ歴は先輩のはずなのに、もう頭の中がグルグルしちゃって、心臓もせわしなくて、ちっとも慣れてない初心者みたいに。これじゃ、土屋のほうが先輩みたい――。 「土、や?」 「わり、なんか、嬉しくて……」  けど、見上げると土屋が困ったように口元を手で覆いながら視線を逸らした。すごく照れ臭そうで、俺もだけど、土屋も不慣れな初恋みたいなこの感覚に手を焼いてるのかもしれないと、思えたんだ。

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