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第23話 シーシュポス
土屋みたいにカッコいいとさ、きっとあるんじゃないの? 「あーん、酔っ払っちゃったぁ」とか「終電なくなっちゃったぁ」とか言われて、そこからの「だから、泊めて?」みたいな夜のデートコース自宅編っていうのが。
あるんじゃないの?
「ぉ、お邪魔します」
「あぁ、どうぞ。お茶でいいか? ビールくらいならあるけど。ワインはねぇ」
「ううん! 全然おかまいなく」
慌てて手も頭もブンブンと横に振ると、笑われてしまった。そして、その辺で適当に楽にしててといわれ、部屋の隅で借りてきた猫のごとくかしこまってしまう。
ここが土屋の部屋なんだ。単身者用の四階建てマンションは駅から歩いて十分。すげ、綺麗。掃除ちゃんとしてる。やっぱ、掃除とかしてもらってたんじゃないの? ほら、ツーってさ、しても指につかなそう。いや、ヒナさんの自宅マンションもそんなだったっけ。棚の上を長い指でツーってなぞってたけど、その指をパッパってしたりしなかったもんな。え? じゃあ、俺の部屋だけ?
「さっきの、言わなかったけど」
「はっ、はい!」
考え事をしていた俺は突然切り出された会話に慌てすぎて、それを見た土屋が優しく笑った。
「お前のこと気になってたのは、すげぇ最初の頃から」
「……ぇ?」
「入社直ぐに、研修があっただろ」
あった。そこで同期とは思えない土屋を見て、その後に営業一課に配属されたって聞いて納得したと同時、雲の上の人だと思った。
「あの時、あぁ、こいつ好きだなぁって思った」
「え?」
「こういう意味での好きだと気がついたのはその後しばらく経ってからだけどな」
「……」
「お前、研修の時に落書きしてたんだ」
そんなことしてた? っていうか、入社早々落書きとかダメじゃん。でも、時間があると、その時思いついたキャラクターを絵に描く習性があったっけ。すごく下手だったけど、こういうコスで、こういう髪色でって、ぽんぽん思いつくから楽しかったんだ。
その時は、休憩時間でノートの端に描いていた。その落書きをする姿を土屋が見ていた。
あの時は席が隣だったんだ。
昨今のサブカル業界のことから今後の流れ、マーケティング意識などなど色々話を聞いては、自分がゲーム業界へついに飛び込んだんだっていう自覚が沸き起こってくるのが嬉しかった。
「すげぇ楽しそうに何か自分で想像したゲームキャラを描く横顔が良くて、ずっと見てたかった。俺はああいう顔をさせられるゲームを作りたい」
「……」
「そう思ってた、ずっと」
なんだよ、それ。
俺は、雲の上にいる人で一生隣で話すなんてことは到底ありえなくて、向こうの視界に自分が入り込むことすらないと思っていた。
「なぁ、須田、覚えてるか?」
「?」
「シーシュポスっていう神様」
「あ、うん」
一般的には無駄な努力を強いられる、少し切ない神様だけれど、土屋はその神様に「頑張り屋、健気」ってメモを付け加えてた。
「営業一課、すげぇしんどくてさ」
「え?」
「やめようかと、何度か思ったんだ」
知らなかった。だって、すっごい期待されて、すっごい引く手あまたで、そんで。
「期待も重かった」
「……」
「そんなに俺はできねぇよって、何度も思った。同時に進む複数の企画を把握して、やり取りして、走り回って。毎日ヘトヘトで。しまいには、卓上でゲーム作ってればいいプログラマーがうらやましいとか。ほぼ八つ当たりみたいにイラついてた。夏のあっつい中こっちは外回りしてんだよって」
そんなことを土屋でも考えるんだ。
「辞めてぇって」
「……」
「けど、その度にお前のあの時の横顔を思い出してた。お前、すげぇゲームキャラ作るの楽しそうだったけど、配属先違っただろ?」
「あ、うん」
テスト課。キャラを作り出すことはなく、ずっと不具合を探す仕事。
「お前のテスト結果ってさ、すげぇ好評だったんだぜ?」
「え?」
「細かい指示、丁寧な改善箇所、見やすくて丁寧でさ。それが高評価だったから、俺のワガママが通って、ギョウカンに引っ張れた」
「……」
知らなかった。なんで、俺がギョウカン行きに選ばれたのか。ただ、クジ運が悪いんだと思ってた。
「やってられっかよって思っても、あいつもここで頑張ってる。そう思って踏みとどまって、そんで、ようやく新ゲームの企画が通るとこまで来たんだ」
何度も何度も諦めそうになって、でも、その度に、あの日、目を輝かせてキャラデザインを考えた俺が土屋を応援してた。
「須田のおかげで俺はここにいる」
「っ」
「あの時諦めなくてよかったって」
いくらやっても無駄になる。それでも岩を運び続けるシーシュポス。あれは。
「頑張ってよかったって」
あれは、俺でもあり、土屋でもあった。絵が下手で、ゲーム開発できるほどのセンスもなかった俺だけど、今、こうしてゲームを作れる中枢にいる。
辞めずに頑張ったから、土屋の企画が通った。
あのシーシュポスのところにあった走り書きの文字を思い出したら、なんか、胸のとこがぎゅってなる。見てくれてた。そんで、俺は知らないうちに土屋を支えられてた。
「もう、やだ」
「須田?」
「めちゃくちゃ嬉しいじゃんか」
なんなんだよ、もう。不覚にも感動しちゃったじゃんか。
「須田……」
「ごめっ……俺、絵下手だし、土屋みたいに頭良くないし、なんも上手くない」
不器用で、ギョウカンでもポカミスよくやって溜め息つかれる。でかいミスならこの前やったし、他にも日常で小さすぎてノーカンでいいんじゃね? ってくらいのバカな失敗をたくさんする。
そんな俺のことを。
「なのにっ、土、屋はっ……っ」
そんな俺をずっと見ててくれてたなんて。
「泣くなよ」
「なっ、泣いてない!」
「いや、それ、泣いてるだろ」
「! 泣くわけないだろ! っていうか、なんで、そんな落ち着いてんだ! 俺、もうお前の部屋っていう時点で色々大変なんだぞ! あの土屋のうちとかっ思って、緊張してさ」
ほら、今だってバタバタと落ち着かないのは俺だけでさ。なんだよ。
「俺こそ、緊張してる。嘘みてぇ、あの須田が俺の部屋にいる、そう思って内心バックバクだ」
「嘘付け! めちゃくちゃ余裕そうじゃんか! なんだよ、あの須田って、俺どんなだよ」
「憧れ?」
「んばっ」
ほら! からかってんだろ。笑ってるし。俺、泣きそうだし。
「ホントに舞い上がるくらいに嬉しいんだって」
「嘘だ……」
「本当」
っていうか、もっと、からかえよ。じゃないと、俺が困るんだ。
「本当に、ずっと、お前のこと見てたから」
困る。そんな優しい笑顔も、優しい声も。
「……ン」
一回目のキスはあんなに強引で、どエロかったくせに、こんなおっかなびっくりで唇に触れられて、ここに俺がいることを確かめるようなキスされたら、ホント、好きになりすぎるから。
「須田のこと、ずっと好きだった」
困るんだってば。
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