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第25話 蜂蜜味の余韻
どっちのかわからない混ぜこぜの白濁にまみれた土屋の手、イったばっかで荒い呼吸、こめかみを伝う汗、それに、イった後のしかめっ面のセクシー度。
なんだあれ。色気の塊か!
――風呂、先入れよ。
良い男代表選手か!
カッコよくて気遣いばっちりで、そんでそんで、キス上手で、ノンケのくせに生粋のゲイである俺のほうがリードされるってどういうことなんだよ! 百戦錬磨かよ!
――いいいいえ、いえいえ! このうちの主は土屋なんだから、一番風呂を!
――じゃあ……一緒に入る?
なっ、何! あの余裕の笑みは! 初、男とそういうことしたくせに、なんで、そんな余裕なんだ! シャワー浴びながら、なんで俺が慌ててんの?
けど、そう、土屋にとっては初めての行為。
「……」
今、部屋でシャワーの順番を待ってる間に冷静になってたりしないかな。同じ身体だなーとかさ、女の子みたいに柔らかくないなーとかさ。
さっきはそういうさ、ノンケとゲイのカプ必須のいざこざがあるんだぞって思ったけど、けど、今はそういう下りなくていいですって思ったりして。
「!」
ちょっと慌てるようにお風呂を飛び出した。
思ってるかもしれない。案外、興奮しなかったなとか、やっぱり友情以上好きは言い過ぎレベルだったかもしれないとか、声が男だったなとか。
そう思って引いてしまったあいつの中で、気持ちが今にもフッと消えてしまうんじゃないかっていう焦りが沸き起こる。貸してくれた服をとにかく着て、髪濡れたままは失礼だから半渇きくらいまでは持ってこ、って、急かす気持ちを必死に静めて、そんで。
「あ、あのっ! 土屋!」
そんで、飛び出すようにベッドで風呂の順番を待つ土屋を呼んだ。
「……」
けどそこにはぐっすり眠ってる土屋がいた。
「土屋?」
「……」
スーっていう寝息が返事の代わりに聞こえる。
仕事、大変だったんだっけ。トラブってて一日中走り回ってたんだもんな。そんで、そっから、ヒナさんとこにいって、帰って、雑務片付けてからの、今のごにょごにょがあったわけだから。
疲れたよな。
「……風邪引くぞ」
返事は変わらず、寝息だ。
「スラックス、皺になるし」
ベッドを斜めに横断する長身。穏かな、無防備な寝顔はかなり萌える。さっき色気の塊だった男のあどけない寝顔とかさ、振り幅ハンパなくて、眩暈がするよ。
「……なぁ、土屋」
「……」
カッコよくて、可愛くて、色っぽくて、キスが上手。
「……俺と、すんの平気だった?」
少しの間ひとりになって、熱が抜けて、冷静になりすぎて、冷えてしまったりしてない? まだ、俺のこと、好き? 俺、男だけど、大丈夫だった?
好きになっちゃったじゃん。どうすんの、なぁ、今やっぱなしって言われても、俺は――。
「平気なわけあるか」
「! わっ、ちょっ、んわっ!」
いきなり起きて、いきなり腕を引っ張られて、心臓が飛び上がる。
平気じゃないって言われて、どうしよう、手遅れだって思った。今、好きを取り消しされても、もうこっちのは取り消しできそうにない。
「すげぇ可愛かった」
「!」
「ホント、まいった」
「ま、まいったって……」
「須田は……俺の……だかんな」
取り消し、できないからな。もうそんくらい好きになってる。
「……土屋?」
また、寝ちゃってた。
本当に疲れてるんだろ。穏かな寝息が俺の頭上で聞こえる。そして俺は少し肩を竦めて、その懐に潜り込めば、土屋に丸ごと抱っこされてるような心地になれた。
まいったのは、こっちだ。なんだよ、ブンブン人のこと振り回すなよ。だからぎゅってしがみ付きたくなるんだろ。
「土屋こそ……余所見、すんなよ」
ぼそりと、聞こえないようにそっと言ってしまった。
まるで子どもが誰にもあげない、俺のだぞ、って主張するようにぎゅっと強くお互いのこと抱き締めたりして。苦しいじゃん。胸んとこ、息しにくいだろ。
「……おやすみ」
こっちこそ、もう、返却、キャンセル等受け付けておりません、だからな。もう、すっごく好きになっちゃったんだからな。寝ぼけてて覚えてません、はダメだから。
そんな思いを込めて土屋にしがみ付きながら目を閉じた。
朝、まだ眠い俺に「おはよ」のキスをしてシャワーへ向かう彼氏に前日の余韻の甘さに浸りながら、俺も、そろそろ起きてモーニングコーヒーとか入れてあげたらいいかも、なんて思って鼻歌が出そうなご機嫌で起きた。そんで身体に残る余韻を確かめるようと鏡の前へ。キスマークの残る、朝にはちょっと刺激的な自分の肌を――
「はっ! はぁぁぁぁ? 何! これっ! っは?」
刺激的な自分の頭を。
「うわ、すげぇ、芸術的だな」
「んなっ」
自分、ちゃんと土屋の隣で寝てた? どっか台風の中で寝てない? もしくは、俺、今、無重力の中にでもいる?
これ、刺激的すぎるヘアースタイルでしょ。
「おはよ、須田」
「んがっ、これ、どうしよ! 土屋」
「んー? 可愛いんじゃね?」
「バカ! 可愛いわけあるか!」
「漫画みてぇじゃん」
「アホっ!」
すごいんですけど。なにこれ、どうしたらこうなれるの? 俺、どんな寝相なの? っていうか! あれだ! 昨日、半渇きで寝たから! だから、こんな逆立ちしてるのか!
「ワックス貸して、土屋」
「あぁ、ちょっと待って」
「ありがとって、これ、ナチュラルキープじゃんか! ガチガチのがいい! カッチカチになるやつ!」
「……なんか、エロいな」
んがー! って叫ぶ俺の隣で爽やかなシャンプーの香りさせてる人を恨めしく見上げる。
「……須田」
「何!」
「次、週末な」
「……ぇ?」
次、週末って、それってデートがってこと?
「そしたら、お前の身体の負担かかんねぇだろ。そんでハードワックス買っておくか。そしたら寝相悪くてもばっちりだし」
後ろから抱き締めて、俺のことを顎をのっける用の置物みたいにしやがって、って怒った振りでもしないと、ほら、朝から顔面真っ赤になってんじゃん。
「それと、ローションとゴムと」
「!」
「ぁ、着替えはいらないから」
前日の余韻の甘さに浸ってる。甘くて、たっぷりで、蕩けてる。
「それと、余所見なんてできそうにないから、安心してろ」
「! お、おお、起きて」
「あぁ、起きた。あの瞬間だけ」
「んなっ」
「ホント、まいったわ」
こんな爆発ヘアーなのに、こんな甘い甘い朝なんて、人生初すぎて、朝から、ホント鼻血レベルで参った、だよ。
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