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第27話 デートカウント、スリー、ツー、ワン?

 デートまで、あと二日。 『は? マジで?』  電話の向こうで一樹が驚いた声を上げた。 「あーうん。お付き合いをすることとなりました」 『……平気なのか? 相手、ノンケだってお前ビビってただろ?』 「うん。でも、もうなんか、さ」  それすらも気にならないくらい好きになっちゃったんだ。 「大丈夫かなって……思えたり、して」 『……そっか』 「うん」  仕事帰り、駅前のスーパーでビールとお弁当を買っていた時、一樹から電話がかかってきた。最近どうだ? って言われて、照れて、あー、うー、なんて返事を返せば、すぐに気がつかれてしまう。  照れるよ。だって一昨日付き合うっていうか、まぁそんな流れになって、昨日は一日中イタリア製ネクタイにそわそわして、そんで、今日だもん。 「あ! そうだ! あれ! 俺さ、ヒナさんに会った!」 『ヒナ?』 「イラストレーターの! 一樹にも何度か見せたじゃん。絵。イケオジの」 『あぁ、俺、枯れ専じゃないからって言って、お前にめっちゃ睨まれたやつか。どんな人だった?』 「それがっ……」  しまった。言っちゃいけないやつだった。女性だと思ってたら、男性だったんだ。しかも、すっごい美人で、イケオジを愛人にしてそうで、でも、実はバリタチらしくて、俺がタイプだったんだって。 「ごめん。正体は極秘だった」 『っぷ、アホ。話を切り替えるのどんだけ下手なんだよ』 「だ、だって」 『まぁ。よかったじゃん。仕事、頑張ってるみたいだし、今度の彼氏は今までと違うかもしんないだろ』  そうだろうか。でも、俺も、そう思うんだ。土屋は今までの人と違って、すごく、こうさ、本物のスター感っていうか。 「……うん。俺もそう思う」 『……あっそ。ノロケかよ。それじゃあな』 「うん。それじゃ」 『あぁ、またな』  電話を切った頃にはうちのマンションの近くまで来れていた。  そうかな。そうだったらいいな。できたら、今までと違って、土屋と別れるって、一樹に号泣しながら絡み酒はしたくない。そう思う。  そして見上げた空には夏の星が輝く。デートまで、あと二日の夜だった。  デートまで残り一日。 「うわぁ、すご……」  そんな感嘆の声が無意識に零れて、向かいに座るブリ子に睨まれた。でも、これは溜め息零れちゃうでしょ。  ヒナさんの出してくれたメインキャラクターの線画。何これ、めちゃくちゃ素敵なんですけど。もうこのまま線だけの状態でもいいんじゃない? こんな綺麗な線なんだ。すごい、なんで滑らかなんだろ。  ヒナさんの不調だったパソコンはようやく直り、業務が急ピッチで進められていた。さすがプロだよ。スピード感がものすごいのに、このハイクオリティー。 「……ぁ」 「コホン」 「すみません」  また声をあげてしまって、咳払いで注意される。視界に入り込まないように身体を屈めて、そして見つめたのは。 『シーシュポス、こんな感じでいかがでしょう?』  そんな手書きのメッセージ付き、シーシュポス線画。  これ、土屋も見たかな。見たよね。どうしただろう。素敵って思ったかな。カッコよくて綺麗な感じがする。俺はすごく好きだ。もしかしたら彼をターゲットにゲームを進めたいって俺は思っちゃうけど。  ――ブブブブ 「……」 「! す、すみません」  突然、デスクの上に置いておいたスマホが振動して、無音だけど無音以上の存在感でメールが来たことを教えてくれて、その音に、無音だけどものすごい怒った気配を漂わせたブリ子の視線が突き刺さる。 『シーシュポス、ダントツでキャラデザが気に入った』  見たんだ。ほぼ同時、同じ絵を見て、同じことを思ってる。 『うん。俺も、そう思う』  返信をパソコンの陰に隠れながら打っては微笑む、そんな今日で、デートまで残り一日。  デートまで、残りゼロ日。  明日はデートだから、少しご飯軽めのにしとこうかな。 「…………」  いやいやいや、いや? いやぁ、だって、そういう感じの展開になるっぽかったじゃん。コンドームとローションって言ってたでしょ? それを使う行為をしますよってことなんだから、それだったら、ほら、ご飯は少し控えめなほうがいいかなぁって。 「大丈夫? 熱あるんじゃない?」 「へ?」  びっくりした。すごく本当にびっくりした。だって、まさか、あのブリ子が俺の心配をするなんてことがあっていいのだろうか。いや、ダメだ。怖い。ブリ子が俺を心配するなんて怖すぎる。 「顔が真っ赤よ。風邪引いてるならマスクしてくださいね」 「ぁ……はい。大丈夫です」  大丈夫ってどういうことですか? 貴方ね、風邪を引いてるのならマスクをするのは社会人としてのマナーだけれど、それを大丈夫って返事をするってことは、風邪を引いてないということ? そのわりには顔が赤いじゃない。熱ありそうじゃない。なら大丈夫っていうのは……なんていう小言が聞こえてきそうな眉間の皺だった。  ですよねー。ブリ子が俺の心配なんてするわけないですよねー。するとしたら、イケメン男子社員か、ご自身のことくらいですよねー。 「それじゃあ、お疲れ様。須田さん。電気お願いします」 「あ、はい。お疲れ様です」  一礼をして、ブリ子が退室した瞬間に俺も部屋もホッとする。って、俺もそろそろ帰るけどさ。新ゲームのほうも順調。ギョウカン業務もどうにかこうにか順調。そんで、デートまであとゼロ日。  今日…………その、さ、しといたほうがいいかな。その、つまりは、えっと、ほぐす、的なさ、その身体っていうか、そこの箇所を。明日のデートに備えて。 「……」  うわー。うわああああ。今、俺、何か期待しちゃってるじゃん。  もうブリ子がいないからと机の上に突っ伏して、ひとり小さな声が零れた。どうしよ。ほぐ……しとく? べき? ですか? 土屋、ノンケだし。そういう前準備をさ。っていうか前準備とか!  「……」  顔から火吹きそ。  落ち着けるためにスマホを手に取ったけど、照れと、羞恥と、何か、そわそわで誰もいないのにすごく難しい顔をしてしまう。  そ、そうだ。うん。そうそう、まず、デートはどこに何時とかすら決まってないじゃん。ほぐす云々はそれを決めてからでしょ。そだそだ。そのことを土屋にメールしておこう。まだ仕事中だよな。向こうが営業で、定時ナニソレ美味シイノ? 状態なのは重々承知しているから、あまり連絡はせずにいたんだ。仕事外のことだし、土曜がデートっていうのはもうわかってるから、一日空けてとくつもりだったし。  なんだったら、お泊りかも……しれないって思って、その翌日の日曜だって予定はゼロにしてあるからさ。 「……」  どうしよ。また赤面してる。日曜も一緒にいる気満々な俺の思考に俺が赤面してる。  ニヤケそうな口元を強制的に引き締めて、ぐっと緩まないように力を込めて、スマホ片手にギョウカンを出た。  明日、どうする? 何時くらいがい――。 「須田」 「……」 「おい、須田」  何時くらいがいいですか? のほうがいいかな。敬語だと堅苦しい? 何時くらいにする? とかだと馴れ馴れしい? 「須田。歩きスマホやってると転ぶぞ」 「……ぇ、すみませ、あっ! 土屋」  肩に手を置かれて、メッセージをどうしたのもかとスマホと睨めっこをしていた俺は、誰かも確認せず謝ろうとした。 「お疲れ。どうするか。薬局、俺のとこの最寄駅の前、ねぇんだよ」 「へ……ぁ、あの。仕事は?」 「?」  デートまであとゼロ日。 「言っただろ? 週末って」 「……」 「ぁ、もしかして予定ありだったか?」 「う、ううん! ないよ! ない、けど、週末って言ってた、から」 「あぁ、週末一緒にデート、だろ?」  デートまでゼロ日、そう思ってたけど。 「すげぇ、仕事を鬼のように終わらせた。ブリ子並に顎、割れてねぇ? 俺」 「……」 「笑うとこだぞ。デートって思って必死だ」 「……」 「晩飯、腹減ったか? 須田」  どうやら、今日が、デート当日だったらしい。

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