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第28話 君の鯛飯になりたい

 デート、してる。 「今日はすげぇ忙しくてさ。急遽の打ち合わせが五時に入って、マジかよって思ったけど、そっから必死。須田とデートっていうニンジンをぶら下げて頑張ったんだぞ」  隣を歩くイケメンリーマンの髪が柔らかく、夏の夜の風になびいてた。一日頑張ったんだぁって、その横顔を見ながら想って、それがこの、今この瞬間すでに始まっているデートのためってわかって。 「俺、ニンジン?」 「あぁ、ちょうど真っ赤だし」 「これはっ!」  赤面してしまう。 「その……これは……」  ドキドキしてしまう。 「晩飯、何にすっか。須田は何か食いたいものねぇ? もし、なければ、俺が探しておいた店でもいいか?」  風に揺れた前髪も、眩しそうに細められた眼差しも、ジャケットを脱いじゃって、腕まくりなんてしちゃったワイシャツ姿も、全部がさ。 「どこがいいかって、探してたんだ」  全部がさ、仕事の時のキリリとしたできる男の、恋人の前でだけ見せる隙って感じで。胸のところが甘く疼いてしまった。  カッコいいお店だった。  しっかり仕切られた個室じゃなくて、テーブルごとをすだれと観葉植物で目隠しされてる感じの場所。シックで大人でモダンで、なんていうありきたりな言葉しか出てこないけれど、居酒屋というよりデートにばっちりな創作和風レストラン。そんで、お洒落なレストランにはお洒落な人がいっぱい来るわけで、一気飲みコールなんてもってのほかっていう、静かでムーディーな雰囲気だった。  そして、飯がめちゃくちゃ美味かった。  鯛飯、最高でした。たぶん、俺食べすぎ。土屋より食べてたと思う。 「腹、いてぇのか?」 「! ぁ、ううん」 「そうか? 痛いなら、今、戻って腹痛の薬を」 「だ、大丈夫!」  そうか? って、首を傾げる土屋にまた俺はほっぺたが熱くなる。優しくて、くすぐったい。だから、土屋が手に持っている、今薬局で買って来たものが入ってるビニール袋のガサゴソとした音すら、優しく聞こえてくる。  ――よく食うな。  笑ってたけど、呆れたりしてなかったな。タメなのに、なんかガキっぽくなかったかな。ああいう、お上品でお洒落空間でディナーは、あんましたことなくてさ。年上の、ザ、大人の男! って感じの人と付き合ったこともあるけど、その時は緊張するばっかで楽しくなかったっけ。  けど、土屋と今夜行った場所は違ってた。  大人で、お洒落で、上品なのに、オホホホって笑わないといけないような、そんな感じじゃなくて、普通に飯が美味くて楽しかった。  土屋といると、全然違う。 「痛くなったら言えよ」 「大丈夫……」  食べすぎでお腹がぽっこり出てたらどうしよ。 「何か飲み物買ってくか?」  でも、土屋はそういうの気にしないとも思った。土屋は――。 「平気」  土屋は違う気がする。 「そっか? 薬局は近くにねぇけど、コンビ二ならすぐそこにあるから」  ドキドキはするけれど、緊張はしないんだ。同じようだけど、ちょっと違う。夜道、素敵レストランで夕飯デートして、その近くの薬局行って、そんで電車で、土屋のうちの最寄り駅にふたりで降り立った。  そういうシチュだって今まで付き合ってきた彼氏と何度もあったけど、やっぱりどこか違ってる。 「どうぞ」  彼氏のエスコートだってさ、初めてじゃないのに。 「あっつ……今、エアコンつける」  こんなさ、エアコンをつける「ピッ」っていう電子音に、短い会話に、一瞬一瞬に。 「お、お邪魔します」  恋を感じるんだ。初めてじゃないのに、初めてみたいに。 「あ、暑かったもんね、今日。土屋は外回りあった? 俺、ないからかな。帰りとか外の暑さにちょっとさらされるだけでバテる。営業の土屋は外回りもあって、内勤の業務もあってさ」 「須田」 「たいへ……」  ドラマみたいなキス。いっぱい話してるところで抱き締められて、キスで唇塞がれるとかさ。 「わりぃ。がっついてるみたいで」 「……」  抱き締められて、そんで、こんなけっこうな力で腕の中に閉じ込められる感じとかも、ホント恋愛映画でありそう。そんなシーンを自分がやってるとかも贅沢すぎて、素敵すぎて、どうしよ。  がっついてもらえる、なんて。 「いや、違うな」 「土屋?」 「みたい、じゃなくて、がっついてる」 「!」  鯛飯みたいなごちそうに、なれてる? 「この前、須田がうちに来てから、バカみたいに数えてたから」 「……」 「あと三日、あと二日って、そんで今日、あと半日っつってさ」  俺もだよ。一日ズレてたけど、ずっと数えて待ってた。土屋とまたデートするのを。 「……あ、あの」  すごくドキドキしてる。けど、変に身体が強張るほどの緊張はしてないんだ。むしろ。 「あの、その」 「……須田?」  きっとうなじまで真っ赤だと思う。でも、引かれるとか、面倒がられることはないっていう安心感がある。  ――あと、他に必要なもんってあるか?  ローションとゴムを買う時の土屋の声は変わらず、優しかったから。大丈夫だって思えるから。 「その、シャワー、借りても、いい?」 「あぁ」 「ちょっと時間かかるかもなんだけどっ、えっと、ごめん。俺、デート明日だと思ってて、一日ずれてて、だから、えっと、準備してない、んだ」 「……」 「だから、時間かかっちゃうかも、ごめん」  ひとつ呼吸をおいて。 「洗って、ほぐして、その、つまりは……ックスできるようにしないといけない。それを今からするから、少し時間が、って、つ、土屋っ?」  エアコンがようやく効いてきた部屋ですぐにセックスできないことを面倒だなんて思わず待っててくれますか? って、尋ねたら、強引に、無言で、土屋に引っ張られた。  手を引かれ、連れてこられたのはバスルーム。そこで何もかもを受け止めるように脱衣スペースで抱きとめられた。 「なんで謝るんだよ」 「土屋」 「バカ」  暴言なのに、こんな優しいバカって言葉と、蕩けるほど優しいキスで、ぎゅっと胸が締め付けられる、こんな恋を、俺はしたことなんて、今まで一回もなかったよ。

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