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第31話 営業マンの足腰は

 昨日、この人とキスをして、抱き合って、やらしいことをたくさんした。  セックスを、した。  俺とするの、大丈夫だった? って何度も訊いてしまったけれど、何度訊いても丁寧に答えてくれて、それがまた現実味がなくて。夢みたいに甘くて優しくて気持ちイイセックスだったからさ。余韻もふわふわで、足元が覚束ない感じだった。  カッコよくてどうしようかと思った。  これは大変なことをしてしまったと思った。だって、こんなに気持ちよかったことない。久しぶりだったのに、なんか全部が気持ち良くて止まらなかった。 「……ぁ、そうだ」  これさ、俺は腰立つかな。昨日は平気だったけど。お尻の、その、つまり孔のとこは、大丈夫。すっごい、ほ、ほ、ほぐ……したし。うん。 「……」  無言の独り言に自分で赤面した。でもそのくらい、身体がトロトロになるくらい丁寧に扱われたから、そこは平気。  けど、腰的なほうはセックス直後にはわからないけど、翌日とかに出るっていうか。なんか、運動と同じみたいになるから。  動けるかな。今日、デートって言ってたけど。ちょうどいいや。何か飲み物取りにいってみよ。  そう思って、静かに、隣で気持ち良さそうに寝てる土屋を起こさないように起き上がった。 「……ちょ、うわぁっああああああ」 「! すっ…………だ?」  壁際が俺だったから、寝ている土屋を乗り越えて、降りようと思ったんだけど。四つん這いになって、手を伸ばしたところで身体から力が抜けた。 「あっぶ……」  ガクンッ! って、ベッドについた手が体重を支えきれなくて、そのままベッドを頭から滑り落ちそうに。 「何してんだ。お前」  落ちそうになったんだけど。大丈夫だった。叫び声と馬乗りになりかけてるようにも見える俺を見つけた土屋の手が倒れないように止めてくれたから。 「ご、ごめんっ」 「平気か?」  どーしよ。これ、ちっとも腰に力入らない。ガクガクしちゃう感じだ。朝だけだと思うけど、デート、たくさん歩くかな。 「……お前、もしかして、どっか痛いのか?」 「! い、痛くない! 痛くないっ!」 「いてぇんだろ。どこか切った? 見せてみろ」 「バッ! バカ! 大丈夫だって! へーきだから! 見るな! っていうか、ちょっ!」  怪訝な顔をして、昨日のセックスで傷ついたんじゃないかと、痛がる場所を探ろうとしてくれる。違うから、切れてないし、中も大丈夫。あんなに優しく丁寧にほぐされたから、どこも痛くないよ。 「うっせぇ、ほら、見せろ。傷が化膿でもしたらどうすんだ」 「バカっ、怖いこと言うな! 違うってば、ただ、力入らないだけだから!」  そう説明しても土屋は怪訝な顔のまんま。 「ちょおおおおおお!」  うつぶせにできないのならと、今度はそのまま脚を広げさせようとするから。 「違うって! 久しぶりだったって言ったじゃん!」 「あぁ、だから」 「なのにっ、夢中になっちゃっただけだから。その……」 「?」  もう言わせようとすんなよ。 「その、自分からもたくさん動きすぎて、腰が、ガクガクしてるだけだから」 「……」  死にそうに恥ずかしい。欲しがりさんみたいじゃんか。いや、実際、欲しがったけどさ。 「本当に? どこも傷ついてないんだな?」 「え? あ、うん」  照れて、気恥ずかしさから俯いていた俺は、その問いに顔を上げて、また好きが濃くなった。 「ビビった」 「土屋?」  額をごちんって当てられて。 「俺、夢中になりすぎて、お前のこと痛くしたのかと思った」 「し、してない、よ」 「ならよかった。けど! 言えよ? ちゃんと、セックスん時、痛かったら」 「う、うん」  安堵の溜め息が俺の唇に触れて、くすぐったい。  こんなに甘い心配されたら、とろけそうだ。 「そんで? 力入らないって、歩けそうもないのか?」 「あー、うん、ごめん、なんか、その、筋肉痛といいますか」 「っぷ、足腰弱っ」 「んなっ! 仕方ないだろ! デスクワークなんだから!」 「だから、腰ほせぇんだな。昨日、抱きながら、思った。すげぇ……色っぽいって」  キスをとても丁寧にしてくれた。触れて、重ねて、しっとりと感触を確かめるように少しだけ吸われて、そして――。 「歩けそうにないなら、映画でも見てうちでうちでのんびりするか」 「え、でも、デート」 「うちデート。そんで、水? コーヒー? なんか飲みたかったんだろ?」 「あ、うん。あの、なんでも……」 「じゃあ、コーヒー淹れる」  ドラマみたいな光景だ。 「映画、何にすっか。お前何観たい?」 「んー、行ってからじゃないとわかんない。最近、部署異動のことからずっと忙しかったから、映画とかも全然わからないんだ」 「行くって、どこに?」 「? レンタル屋……さん」  お互いに、ポカンとしてた。だって、映画観てショッピングしてランチしてっていう、ザ、王道デートができそうにないからって言ってたじゃん。 「イヤ、普通にオンデマンドで」 「え?」  オンデマンド! とか! たまに耳にしたけれど、本当にそういうのを活用する人には初遭遇だった。だから目を丸くして驚いたけど、向こうは向こうで驚く俺に驚いてる。 「お前、ホントアナログだな」 「いっ、いいだろっ」 「まぁな。そういうとこも可愛いし」 「かわっ」  真っ赤なんだろうな。土屋がコーヒーを淹れながら、俺を見る度にふわりと笑ってる。きっと茹でダコみたいに真っ赤なんだろ。 「可愛いよ。ずっとそう思ってる。コーヒー、ほら」 「あ、ありがと」  両手で受け取ると掌がじんわりとあったかくなった。あちちちちって小さく呟く俺を見て、笑って、ベッドの端に腰を下ろす。そして、クセのある俺の前髪を撫でて、また笑った。  照れ臭いんですけど。  朝一に拝みたくなるくらいの爽やかな笑顔を独り占めできることが、彼氏と迎える朝が、くすぐったくて、暴れ出したくなるほどで、暴れられないほど腰砕けでよかった、なんて俺は思っていた。

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