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第32話 未知の扉をさぁ開こう

 恋の終わりがドラマや映画だととても切なく描かれるけれど、フラれた回数ならけっこうある俺はいまだにそんな切ない終わりを迎えたことがない。 『貴方のこと、ずっと思ってる。愛しているわ……けれど、さようなら』  そう悲しみの涙すら綺麗な宝石のように輝かせて、彼女は男に別れを告げて笑うんだ。  もちろん、俺は言われたことも言ったこともない。リアルの恋愛なんてもっと雑多で、騒がしくて、カッコ悪い。  仕事が早く終わったから、キャンセルしてたおうちデートをしようって、アポナシで彼氏のうちに行って、そして見つける浮気現場。もう少しさ、キス程度のシーンで留めておいてくれれば、涙の一つも零せたけど、がっつりしちゃってたらさ。口あんぐり開けて「何してんの?」なんて間抜けなことを訊くのが精一杯。  そんで、浮気現場を見られちゃったほうは、あられもない姿の自分たちに大慌てで、真っ赤になりながらの、しどろもどろ。  そこから先はもう……。  それ以外にも、セックス中に別の名前を呼ばれちゃったり、告げ口からの詰め寄りでの向こう開き直り、とか。  とにかく綺麗なんかじゃなくて。涙は宝石のようにはならなくて。 『せめて、最後に、君のことを抱き締めさせてくれ』  そんなハグもない。 『これでさようなら、ね』  笑顔でお別れもない。あるのは口論と絡み酒と大号泣。 「おもしれぇ? この映画」 「んー、あまり」  でも、去年大ヒットしたやつなんだよ? 元々はドラマでヒットして、そこから映画になったやつだった、はずなんだけど。そこまで、だったね。 「恋愛シミュレーションゲームを作ってるから何か参考になるかもって思ったんだけど」 「は? 須田、そんなこと考えて、選んだのか?」 「うん」  土屋の声が耳元で聞こえるのからそわそわしてしまう。 「須田は案外真面目だな」  っていうか、この格好なんですか。 「土屋は案外溺愛だな」  俺の背もたれが天下の営業一課エースの土屋って、どういうことなんですか。なんかバチあたりそうなんだけど。 「知らなかったのか?」 「知らないよ!」  クールな感じで仕事のできるカッコいい男が、彼女の前でだけはこんなだったなんて。 「俺も知らなかった」 「へ?」 「俺も自分が溺愛タイプだとは思わなかった」 「……」  思わず、振り返っちゃったじゃん。そして、振り返ればイケメンがいるわけで。 「な、何言ってんの」 「っていうか、参考いらないだろ? 俺らは」  イケメンに抱き締められてる自分がいるわけで。きゅっと身体を更に丸くすれば、俺を囲む腕がきつくじゃなく近くに来てくれる。 「いるよ。一応、ゲームのプレイヤーは女性設定で考えてるじゃん」  恋愛の相手役のキャラクターは男性で、プレイヤーである女性の好みを反映させなければいけない。服装、髪型、色のイメージまで。 「同性の場合と、異性のじゃ違うから」 「……」  それこそ恋愛価値観からして違うんだよ。守られたいって思う女性もいれば、甘えられたいって思う人もいる。女性が求めそうな男性像とか。 「ゲイ、だから」 「俺は同じだと思うけどな」 「違うよー。色々」  結婚適齢期がない分、恋愛がセフレの延長にあるっていうか、恋愛とセフレが同一だったりすることもある。 「振られ方だって……」 「須田」  たくさん振られたけれど、こんな映画みたいに綺麗だったことなんてない。もっとリアリティがあるし、もっと交際期間が短かったりする。結婚とか考えるからって断られた友達だっていたっけ。俺はそこまで将来設計がしっかりしてる男性とすら付き合ったことがないけど。つまりはそういう感じ。 「……」  男女の恋愛とはやっぱり少しずつでも違うから、だから、土屋がその違うところを違和感とか面倒だなとか、思わずにいてくれたらいいなぁって思ってる。 「ど、どっか、食べにでも行く? もう、俺、平気だし」 「腰、平気なのか?」 「!」  言いながら、腰を抱かれて、きゅんとするくらい元気だし。 「そしたら、俺、行きたいとこあんだけど」 「どこどこ? 土屋の行きたいとこって」  興味津々で黒い瞳を覗き込むと、その行きたい場所がとても楽しみなのか、土屋がニヤリと笑っていた。 「ね、ねぇ、本当に行くの?」  もう現時点で少しさ。ほら! 今、通り過ぎた人! チラチラ見てたよ! もうこの時点で浮いてる証拠だって! 「あぁ」  慌てる俺とは対照的な土屋。即答する背中は凛とした真っ直ぐさで、ある場所へと向かう。その足取りはどんな強風にも揺らぐことのない力強さ。 「やめておいたほうがいいって。襲い掛かられるよ」 「なんでだよ」 「そうなの! 土屋みたいなイケメンはっ」  颯爽と向かうその先にあるのは。 「ここ?」 「……違う」 「ここだろ?」  俺がよく行くゲイバーだ。人の心の中を読まないでください! 「ほら、入ろうぜ」 「ちょおおお!」  怖気づくこともなく土屋が扉を開けてしまった。普通はもっとどんなところなんだろうとか、俺のイヤそうな表情から何かを察して、恐る恐る開けるとか、そういうのないの?  まるでそこら辺にある居酒屋にでも入るように、いや、逆に楽しそうに入っていってしまう。 「いらっしゃい」  いつもどおり、にこやかなマスターがいて、そのマスターの背後には酒瓶がズラッと並んでて、俺は酒豪ではないから、その全てを網羅はしてないんだけど。奥にテーブルが三つ、語る時はそっちのテーブルの場合が多いかな。一樹が仕事の都合で無理な時はお仕事中なのに申し訳ないんだけど、マスターが話を聞いてくれたりする。   そして、そんな馴染みの場所に、ちっとも馴染んでない人がいるのが不思議すぎて口をぽかんと開けてしまった。

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