33 / 56
第33話 恋ですな。えぇ、これは恋です。
今まで付き合った人ぜーんぶに二股かけられてフラれた。ゲイコミュは広いけれど、けっこう繋がりがあっちこっちであってさ、なんとなく親しげっていうか。だからゲイバーも一般的な居酒屋とは少し違ってる。
知り合いが必ずいるし、気が合えば、そのまま仲良くなって二件目は一緒にどうですか? なんてこともある。もちろん、そのままお付き合いなんてこともないわけじゃない。俺も、そういうことあったし。ナンパっていうかさ。
今はないよ。彼氏いますから。
「うわぁ、社内恋愛? 憧れるー」
「いいなぁ、オフィスラブってぇ」
ただ、今は、ぶん取られちゃって、俺の隣にいないけどね。
だからイヤだったんだって。絶対に取られちゃう。こんだけイケメンで、そのくせ、誠実そうじゃん? カッコいいじゃん? し、しかも、俺も初めて見たんですけど、オフモードの土屋って。
これはとても危険でした。
Tシャツ着てる! ズボンがスラックスじゃない! ロールアップしちゃってる! 隙だらけのオフ土屋はとても、好みです。スーツもいいけど、これは、これで。
「僕もそこで働きたーい」
まぁ、隣に座れてないけどさ。お尻でどーんってされちゃったけどさ。
「取られちゃったね」
マスターが苦笑いを零してた。短髪で、ヒゲがあって、少しマッチョで、「ザ」って感じの人。
「……取られちゃいました。はぁ、一樹、来ないっぽいし」
「ぇ?」
「?」
「そうね。そうかも」
週末で、フリーだと一樹はけっこうこのお店に来るのにな。
見渡しても、一樹の姿はない。
この前、仕事が一件片付いたって言ってたから、また新しい仕事入ったのかもしれない。そういう時、最初は資料集めとかで忙しいことが多いから、バーに遊びに来る時間なかったかな。
会えたら、紹介したかったんだけど。
「うちの会社で働くのはけっこう難しいですよ?」
「うわぁっ!」
ぐいっと頭を引き寄せられて、カウンターの高くて小さな座席にちょこんと座っていた俺は、バランスを崩しかける。
「けっこう激務なんで。俺ももう何度も辞めようと思ったくらい」
けど、バランスを崩して倒れることはなかった。
「こいつが支えになって辞めずにここまで来ましたけど」
よろけた俺を土屋が受け止めてくれたから。
びっくりしたじゃんか。心臓飛び出るかと思った。でも、そんな文句も言わせずに、もう土屋は気が済んだって感じのすっきり顔で帰宅を急かす。まだ、あと少し、お酒残ってたのにって言ったら、笑顔で俺のをグビッと飲み干しちゃった。そんな土屋を背後のふたりが拍手喝さいで褒め称えてた。
このふたりも、ここのバーで意気投合したんだった。
俺が彼氏だった奴にフラれて、毎度のごとくここで一樹に絡んでたら、ちょうど、向こうも同じシチュエーションだったみたいでさ。お互いに泣きながら文句言いまくってた。
「色々ありがとうございました」
「いいえぇ、幸せにねー!」
とても嬉しそうにしてくれた。なぁにっ? このイケメン! ってすぐに土屋に絡んでくれた。
「ほら、須田、行くぞ」
「あ、うん」
だから、まぁ、これはこれで報告になったかな。一樹にはここじゃないと会えないってわけじゃないし、また今度連絡してみよう。かまぼこのお礼でも持ってさ。
外に出るとけっこう涼しくなっていた。
風があって、その風に日中の熱がスーッと消えていく感じ。
その風に、スーツの時にはない隙だらけの土屋のTシャツが揺れる。風をはらんで、ふわりと膨れて、その風が通り抜ける。
普通に、見惚れてしまう。
その背中にも、ロールアップで晒される足首にも、ドキドキして、見つめてると心臓に悪い気がしてくる。
「須田、酔ったか? 吐きそう?」
「んな! 酔ってない!」
わざわざ立ち止まって背中までさすってくれた。そんな土屋にギャンと叫ぶ辺り、傍から見たら酔っ払いのそれときっと変わらないだろうな。
「お前、酒に飲まれるタイプだろ?」
「なっ!」
「絡み酒」
ひゅん! って飛び上がった。さっき、訊いたんだ!
「な、何か聞いたの?」
弁解をどうしたものかと迷っている俺を見て、また目を細めて笑ってた。土屋はよくそんなふうに笑ってくれる。愛しさが溢れて、つい、って感じのやつ。
「なぁ! 何話してたんだよ! 色々とありがとうございますって!」
俺はその笑顔がとてもくすぐったく感じるから、どうにかなっちゃいそうで、気難しい顔をしてしまう。
「知りたい?」
「し、知りたいに決まってるだろっ。フラてた話とか聞いたんだろ。あのふたりだし。惚れやすいけど、その、すぐのぼせあがって、そんで、すぐに痛い目見るけど、でもっ」
だから、くすぐったいんだってば。
「須田のことが好きだ」
「……は、ぇ、は?」
「聞きながら、そう思っただけ」
今日は風があって気持ちイイ。土屋のセットしてない髪も揺れて、はためくTシャツにドキドキして、夜道なのに、それは眩しいほど。
「は、話、繋がってないじゃんか」
「でも、そう思いながら聞いてたから」
「……どんな話したら、そんなことになるんだか」
そして、またそういうことを言って、俺をくすぐるから、また気難しい顔になってしまった。
「やっぱ、モテてた」
「須田こそ、モテてただろ」
「はぁぁっ? どこをどうみてっ」
土屋の髪はサラサラしてる。俺は少しクセのある猫っ毛だから、ちょっと憧れるんだ。土屋の髪綺麗だなぁって思う。けど、そんな土屋が俺の猫っ毛を楽しそうに指先にクルクル巻きつけて遊んでくれるから、ちょっと、今、自分のくせっ毛を好きになった。
「交際人数、何人だよ」
「そ、それはっ! そんなの、すぐ二股で逃げられちゃうし。学習能力ないから、またすぐにのぼせて、似たような感じの奴と付き合って、そんで。って、今は! 今のっ」
ぎゅっと、土屋のTシャツの裾を掴んでしまう。
「土屋は今までと全然違うから。その、色々と。だから、今なら、本当にバカだったなぁって自分のこと」
「あぁ、バカだな」
知ってるよ。もう充分わかった。今までのは恋愛だったかもしれないけど、恋、じゃなかったって。
「須田のことをフルなんてバカだよ」
「……」
けど、これは恋だ。
「お、俺、つまらないんだって」
「どこか?」
「色気ないし」
「は?」
「けど、土屋には限定で、それあるんだろ?」
もうどうしたって、これは恋。
「まだ、ある?」
「……」
「まだ、つまらなくなってないなら」
ないなら……その次の言葉で好きな人を誘惑することもできない、とても下手な恋かもしんないけど。
ともだちにシェアしよう!