37 / 56
第37話 いざ! 納涼会!
何がどうしてこうなった。
「な、なぁ! なぁなぁ! 須田! 何これ!」
福田。それ訊きたいの俺だよ。なんだこれ。
俺の左隣には福田がいて、右隣には。
「須田、お前、サラダまだ食うか?」
「あ、うん。いただきます。っていうか、自分で取ります。ありがとうございます」
いそいそと穂高の前に手を伸ばし、シーザーサラダをトングで自分の皿に盛り付けた。そしてそんなシーザーサラダを恨めしそうに見つめる人事の美人さん。たぶん、穂高の隣に座りたかったんだろうけど、何も知らないテスト課の課長がそこにどっかり座ってる。そして、営業一課の代表みたいに参加している穂高と仕事談義をしたくて、ウズウズしてる。もちろん、人事の美人さんもそこに座りたいからウズウズしてて。そんで、実はブリ子が人間観察に勤しみつつ、酔うとレベルの上がるブリッコ攻撃をそこらじゅうにばら撒きたいと、狙ってて。
「シーザーサラダ美味い……」
「あ、マジで? 俺も食べる。取ってよ。須田」
福田とテスト課でのんびりしてた頃が懐かしい。
なんだろね。すごい納涼会になったな。メンツのバラエティ豊かさがハンパじゃない。っていうか、人事の美人さん、本当に美人でびっくりする。シーザーサラダを越えてくる熱視線がすごいけど。
でも、本当に穂高のことが好きなんだ。あんなに綺麗な人なのに、ずっと穂高に片想い、してるんだ。
「あ、サンキュー、須田。……あ、ホントだ。めっちゃ美味い」
けど、俺も、好きなんだ。すみません。俺も、穂高のこと、好きなんだ。
生ぬるいビールって酔うの早いのかな。さっき食べたピザ、めっちゃ美味しかったけど、もう一枚食べたいなぁ。
「いやぁ、まさか営業一課のエースが参加するとは思わなかったよ」
「他部署の方の意見は参考になりますから」
「! なんて、素晴らしいんだ! いやさ、うちの課はなんというか、おまけみたいに思われてるところがあるだろう? そんなことはないと私は思うんだが。どこか孤立してるというか。こういう納涼会もいっつもうちわだけでね」
テスト課はたしかにどこか浮いてる。ゲームを作ることに直接携わるわけでもなく、この工程がなければゲームが出来上がらない、というわけじゃない。なければないで、とまではいかないけれど、プログラマーがいなければゲームは作れない。シナリオライターがいなければ物語にならない、キャラデザインがなければ、キャラクターは全部棒人間。どこの部署も欠けるとゲームが成り立たないけれど、テスト課はそうじゃない。本当はそれとは違う役割を担っているのだけれど、どこか軽視されてしまうんだ。
「俺はとても大事な部署だと思っています。テスト課がなかったら、見つけられなかっただろうバグを発見してもらって、俺は何度も助けられてますよ」
「…………土屋君っ!」
どこか軽視されて、孤立してて、けど、大事な部署だと俺も思う。
「あー、すげ、課長めっちゃ酒に飲まれてる」
福田が覗き込んで、酔っ払って営業一課エース土屋に絡む課長を見てた。
「うん。でも、いいんじゃない? 今日の納涼会、カオスだし」
誰だってさ、頑張ってるとこを褒められたら嬉しいじゃん。誰にも見えないとこでもさ、世界を動かせるようなすっごいことじゃなくてもさ、頑張ってるのを見てもらえたら、嬉しいよ。
「……まぁね。課長が楽しそうならいいけどさ」
「うん」
「あ、っていうか、もうそろそろ時間じゃん。二次会の場所もう押さえてあるんだ。須田来る? 課長と先輩はここで解散っつってた」
「あー、う、ん」
土屋はどうするのかな。そう尋ねたくて隣を見ると、ちょうど、課長が感激しながら、福田のお開き宣言を聞いて、もう残りわずかになってたビールをぐびっと飲み干した。そして、その向こう、一番端に座っていたブリ子もいそいそと帰り支度をしてるのが目に入った。
「ごめん、福田。ちょっと席外す。荷物そのままにしといて」
「へ?」
「持田さん、帰るみたいだからさ」
来たはいいけど、楽しかったかな。地獄のギョウカンって言われてたし、テスト課の人間に知り合いなんていなさそうだったし。けど、こういう場、嫌いじゃないっぽいんだ。営業一課での新人がミスをやらかしちゃったとか噂話好きだしさ。
たぶん、本当は人と話したりするの好きなんじゃないかな。
「あ、持田さん、帰られますか?」
「……会費なら払ったわよ」
わかってますって答えると、フンと小さく鼻を鳴らす。もうこのくらいの粗塩対応は気にしてない。
「一応、お見送りをって」
「……」
もう慣れっこの俺は「一応」って付けちゃったけど、ブリ子は眉をぴくりと動かしただけで小言は言わなかった。
一応さ、追いかけて、レストランの入り口まで送ろうかなって思ったんだ。同じ部署の人間だしさ。ふたりっきりの職場なんだし。
「……娘が明日模擬試験で、朝からお弁当なのよ」
「へ? …………えええええ? ごけっ」
「……何よ」
ご結婚されてたんですか? は、たぶん、怒るよね。めっちゃ般若顔になるよね。けど、基本職場で無言なんだから、家族のことなんていうプライベートは話しかけてくるわけがない。
模擬試験ってことは高校生か、中学生? ってことはお子さんもいるんだ。何てことも呟いたら怒られるだろうし、「貴方ね、それはどういう意味なの?」って、さすがにネチネチずっと何かを言われそう。
「あー、いえ。お弁当毎日作るの大変ですねぇって思って。仕事もフルタイムなのに。あ。だから、毎日きっかり定時にあがられるんですか? おうちのこともしないとですもんね。ご飯作ったりとか、色々」
普段だったら、そうなんですね、で終わってたかもしれない。ブリ子が俺のことを気に食わないのはわかってるし。けれど、今、酔っ払いの俺はあまりブリ子が般若顔になっちゃうかもとか気にせず話してた。
いや、でもさ、大変じゃん? お弁当作って、週末には掃除やらなんやらあるんだろうからさ。俺もひとり暮らししてようやく実家のありがたみに気がついたけど。ホント、大変だと思う。
「貴方ね。娘の模擬があるからお弁当って言ったのよ。毎日じゃないわ。模擬試験の時だけよ。ちゃんと人の言ったことは覚えないとダメでしょう」
「はい! すみません」
「……」
ニッコリ笑顔での謝罪に、本当にわかってるのか、こいつは、っていうブリ子の怪訝そうな顔。
「今日は飲み会、お疲れ様でした!」
「……納涼会でしょ」
「あ、そうでした。納涼会です!」
細かいのも仏頂面なのもいつものこと。地獄のギョウカンに来た奴の中で、居座り続けた記録が最長な俺は小言なんて気にしない。
「お気をつけて」
「お疲れ様」
とても言いにくそうに、ぼそりと呟く挨拶がおかしくて、でも笑ったところを見られたらまた般若になるだろうから、丁寧なふりをしてずっと頭を下げていた。
怖いし、性格もかなり悪いけど、でも、そっか旦那さんがいて、お子さんもいるのか。模擬試験受けるくらいに大きなお子さんがいるんだ。そして、明日早起きでお弁当を作らないといけないのに、それでも飲み会に参加したブリ子はもしかしたら不器用なのかなって、思えたんだ。
だって、頭を下げた俺に、最後の文句の言葉はなかった。
「よし! 飲みの続きだ!」
誰だって、仕事が嫌なブルーなマンデーが来ようが、お花な金曜日を目標にするしかないような楽しくないところが職場だとしても、それでも頑張ってる。それって、なんかいいなぁって。
俺も週明けの仕事からまた頑張ろうって、元気に振り返った時だった。
「私、ビアガーデンって初めてで、暑くて、汗かいちゃった。土屋さんは、もう帰るんですか? どこか」
どこか涼しいとこ――そんな誘い文句が聞こえて、足が勝手に動いて、そして、廊下の曲がり角の向こう側にいる、とても見事なツーショットを見つけてしまった。
ともだちにシェアしよう!