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第42話 ラブりませんか?

 そんな厳しい人の下で仕事してるのか。 「お疲れ様」 「……須田」  タブレットをじっと睨みつけていた穂高が顔を上げて、俺を見て、そして、ホッと溜め息を零す。  この前もそうだった。うちに初めて来た晩も、仕事が込み入ってて帰りが遅くなった穂高が俺の顔を見て肩の力を抜いた。あの時は、ハグできたけど、ここは職場だから。 「はい。これ」 「……」 「あっまああああい、苺オレ」  どかっと隣に座り、俺は普通のコーヒーを飲んだ。きっとそれ、すっごい甘いと思う。あの苺星人はいないけど、びっしり描かれた苺は眩しいほどに真っ赤で、苺オレっぽいピンクの文字で「あっまぁぁぁい」って書かれていた。 「疲れた時は甘いのが一番でしょ」 「……あぁ、そうだな」  しんどい? だよね。そんな顔してる。さっきのテスト課のピリピリとした雰囲気、それにプログラミングが雑になってしまうほどタイトなスケジューリング、コスト削減って言われて切り詰められていく色んなもん。  けど、俺らのこのゲームはそれを感じない。  スケジューリングも当初のままで進んでる。今日、ついに完納となるヒナさんのイラストにおいては、途中のトラブルもあった。そのことを考慮しても、遅れは出てしまっている。 「午前中、暑かったもんね。疲れた?」 「……まぁな」  営業一課の課長が皆が噂するとおりの人ならば、俺らのゲームも注視されてしまうだろう。  きっと穂高が矢面に立って、守ってくれていると思った。今さっきの厳しい横顔も、疲れてるんだろう少し充血した目も、課長からゲームを守ろうと頑張ってくれた証だと思った。 「あとで、仕事終わったら、マッサージしてあげよっか?」  それはとても疲れるよな。 「…………あぁ、お願いしようかな」 「任せろ!」 「お返しに俺もマッサージしてやる」 「あ、俺は大丈夫」 「遠慮すんなって」 「大丈夫です」  なんか、疲れてるから? 何かおかしなスイッチは入っちゃったのか? ニヤリととても意地悪く笑って、穂高が手をワキワキと動かした。 「だっ、ちょっ! ちょおおおお、ぎゃはっ」  ダメなんだって。俺、くすぐったがりなの。だから、そんな、今にもくすぐりますみたいな感じに手を伸ばされただけで笑っちゃうんだって。もうすでにくすぐったいんだって。 「ちょはっ、はっ、あはははっ」 「っぷ」 「なっ、も、おっ」  笑ってる場合じゃない。男子高校生が教室の端っこでジャレ合ってるみたいなことを、スーツを着た大人がやるなよ。ホントに、もう。 「も、マジで、ギ、ブ」 「いや、まだ触ってねぇだろ」 「くすぐったいんだって」  敏感なの知ってるだろ。っていうか、一番、誰よりも知ってるくせに。わざと、俺の一番弱い脇腹に手を伸ばすなよ。 「……ありがとな」 「?」 「よし。メール送信完了。そんで、なぁ、須田、一つ提案があるんだ」  改まって、すごい真剣な顔をしてた。  俺はその真剣な表情に身構えて、喉をゴクリと鳴らしてしまう。そして、今さっき、テスト課でのやりとりと、自分が在籍していた時とは違う雰囲気のデスクを思い出してしまう。 「は、はい」  やっぱり、俺らのところにも何か来てる? その営業一課新課長の社内改革的な、コスト削減的なやつ。  あああああ、も、もしかして、俺が要らない、とか?  ギョウカンは生産性のある部署じゃない。そして、能力的にも、穂高みたいに高いわけじゃない。つまり、え? 嘘、俺。 「須田……」  俺、テスト課に戻される? 「ずっと、考えてた」  いや、テスト課もギスギスしてたくらいだから、そこにも戻れない? 「インパクトに欠けると思って……俺としては……何か、副題を」  ってことは、も、もしかして、クビ? 「たとえばだけど、神様とラブりませんか? とか」 「え、やだ! え? はい? 今、なんて? 副題?」  全力で即否定しちゃった。けど、俺は勝手な妄想が行き着くとこまでいっちゃって、クビっていう二文字に慌てただけで、あ、そうなると、穂高の話を聞いてなかったことになるんだけど。ちゃんと聞いてた。いや、嘘。聞いてなかったけど、えっと。 「なんだっけ?」 「……」 「ご、ごめんごめん! 何? なんですか?」 「……いや、いい」 「ちょおおお、ごめん! マジでごめん! なんて言ったんだよ」  頭の中ですごい膨らんじゃってた。その営業一課の課長像ってやつが。だって、毎日「地獄のギョウカン」って呼ばれてた部署にいて、般若顔の顎割れ仏頂面もったいブリ子と一緒に仕事してるんだよ? そんな俺はちょっとやそっとの強烈キャラじゃビクともしなくなっててさ。だから、営業一課の恐れられてる課長も今の俺が想像すると、ただの鬼の顔面でさ。しかも、牙が下に向かって生えるスマートスタイルじゃなくて、下から上に向かって生えちゃった、顎いかついスタイルで。 「ごめんってばー!」 「いや、いい」 「なんだよ! なんだっけ、誰とラブりませんか? だっけ?」 「……」 「っていうか、ラブりませんかって」 「言うなよ」  すっごいラブリーなセリフだって言いたかったけど、それを思いついた本人は照れ臭くて蒸発しそうなのかもしれない。顔を真っ赤にして、口元を覆い隠して、どうしたものかと難しい顔を必死に作ってた。 「ラブりませんか?」 「言うなっつうの!」 「穂高が考えたの?」  あ、間違えて、プライベート呼びしちゃった。けど、そんくらい、可愛かったんだ。クールなエースが真っ赤になって、可愛いセリフを言うなんて、萌えツボがゴリゴリ押されちゃうじゃん。 「ラブりませんか?」 「嘘だ。たとえばの話。却下だ」 「えーなんでだよ。可愛いじゃん。キャッチーだし」 「たとえばって言っただろ。それに……営業アシスタントの女性にちょっとダサいかなぁって、やんわりだけど、すげぇ苦笑いで言われた」  ――うわぁ、すごい副題ですねぇ。公募とかしたんですか? それとも、姪っ子さんとか? 「……っぷ」 「笑うなよ」 「ごめんなさい。……っぷ」 「だからっ」  だって、可愛かったんだもん。 「副題、良いと思う。俺、そういうのあるのってけっこう好きなんだ。キャッチーなのがいい。ラブりませんか? とか最高じゃん」 「あのなぁ」 「冗談じゃなく良いと思うけどなぁ」 「もっと、色っぽいのがいいんだよ。せっかく美麗イラストレーター揃えてんだぞ」 「……だよね」  そうだなぁ。何がいいだろう。 「祐真は? お前もなんか出せよ」 「うーん。俺、こういうの考えたこと、今までないから」  本当に考えたことないよ。仕事としてゲームに携わってからは、そういうのなかったなぁ。前はよく頭の中で色々考えてた。ゲームキャラのデザインを課題でやりながら、これはこういう属性で、とか、想像してると、出て来るんだ。次から次へ、アイデアが。それこそ枯れない泉みたいに。 「うーん」  ゲームはワクワクしながら笑顔で作ったら、プレイする人も笑顔になれるものができると信じてる。力は、熱は、作品を通して相手にも伝わるんだ。 「……」  だから、ドキドキしながら作ったら、ドキドキしてもらえると思う。俺は、すごいカッコよくて、仕事できて、頑張り屋で、熱意もあって、そして、優しい、神レベルの人と恋をしている。神レベルだよ、本当に。 「あっ!」  そんな神様みたいな人と恋に落ちたんだ。

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