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第43話 バリタチヒナはなんでも知っている
イケメンで仕事ができて、スーツ似合って、スーツ以外も似合って、女性人気もすごくて、でも一番、すごいなぁって思うのはさ。
俺は今までけっこう恋愛をしてきたと思うんだ。フラれる回数もすごかったけど。でも、そんな恋愛で一度も感じたことのないドキドキをくれる。それって、けっこうすごいことでしょ。
こじつけみたいになるけれど、俺は、俺たちが作ってるゲームをプレイしてくれる人にもこのドキドキを感じて欲しいって思ってる。
じっとしてられなくなるくらいに胸が躍る感じ。なんでも頑張ってみたくなるくらい元気が湧き出て、そんで、この人のためなら、なんだってできちゃう気がしてくる。そんな恋の楽しいところを。
「貴方は神様と恋に落ちる、っていうのはどう?」
手の届かないところにいる人が突然、自分の目の前に落っこちて来てくれた。
そして、ふわりと微笑んでくれた。いきなりすぎてさ、びっくりして、戸惑って、逃げ出したくなるけど、その人にはどこにも行って欲しくなくて、ずっと、一緒にいて欲しいって思う。
「へ、変だった?」
俺は、そう思ってる。そんな気持ちを込めた副題だったんだけど、穂高が声一つ出さずにじっとこっちを見てるから、なんか失敗だったかも。センス、本当にないからさ。絵だけじゃなくて、何か生み出すセンス? っていうの、ちっともないんだ。芸術系に不向きっていうか。かといって、脳みそはさして理数系でも文系でもないんだけど。じゃあ、何が得意って言われても、なんだけど。
「あ、あとは、うーん、そ、そうだなぁ」
「……それがいい」
「へ?」
「それにしよう」
「え? ちょ、俺のは、あんまじゃない? センスないし」
それだったら、さっきのラブりませんか、のほうが、キャッチーかも、じゃない?
「たっかい所にいるはずの神様が、たったの一人の人と恋をするために降りてくる」
あ……すごい、穂高にはちゃんと伝わってた。
「綺麗で、可愛くて、いいじゃん」
その副題はさ、俺が穂高に思ってることを詰め込んだんだ。
「運命の恋、って感じがして」
「……」
そんなこと思ってるなんて知らないよね。知らなくて、何気なく言ってるんだろうけど、そうだったら、すごい、ことだ。穂高としている、今の恋が――。
「お前ってすげぇな」
「え?」
「やっぱ、祐真はすげぇ」
「え? 何が?」
穂高が俺が差し入れした甘い甘い苺オレを飲み干すと、少し重たそうな腰を上げた。小さく、深呼吸をして「よしっ」って呟いて。
「穂高?」
「お前のおかげで元気出た」
「……」
「それと、副題も決まった」
「ちょ、本当に俺の案で行く気? もっと色々考えたほうが」
ちゃんと考えたほうがいいと思うよ。俺のなんて、超ド素人の案じゃん。会社が今期の社運をかけた商品にするって言ってたじゃん。そんなの、俺の拙い案じゃ。
「いいや。俺はこれがいい」
「……穂高」
「祐真がいたからできた仕事だから」
辞めずに続けて、そして勝ち取ったゲームの企画。辞めずにいられたのは、俺の――。
「祐真がつけた副題がいい。あと、今日ヒナさんのところでラストの打ち合わせだろ? そっちが無事済んだら今度は音楽のほうだけど、俺さ。この人がいいと思うんだ。今度お前も聴いてみてくれ」
俺がいたから、ここに穂高がいる。それはまるで運命の恋みたい。わかってる。さっき言ってくれた言葉はきっと何気なく出てきた言葉なんだろうけど、でも、胸が熱くなるほど感動したんだ。
「はい。お疲れ様でしたぁ」
今日は胸が熱くなること連発の日なのかもしれない。
「あっ、ありがとうございます。あの、ラストまで是非宜しくお願いいたします」
「任せておいて。可愛い祐真君の頼みだもん」
「ゆっ」
祐真君って、あの、ヒナさんに名前を呼んでいただいてしまった!
「ふふふふ」
あ、また、あの女神微笑してる。すっごい綺麗。すっごい美人。すっごい睫毛バッサバサに長い。
「祐真くーん、ねぇねぇ、もう、あと残すのはゲーム用イラストだけだからさぁ、お祝いにさぁ」
けど、バリタチの方。
「今日うちに」
「けっこうです」
そんで、セフレでいいよって軽いノリで言えちゃう人で、俺は言えちゃわない人だから。即座にごめんなさいだ。
「あははは。硬いなぁ」
「はい。カチコチに硬いです」
「なんかエロい言い方ぁ。ムラムラしちゃう」
隣にいる穂高がイライラしてるのがわかって、もうこの会話の流れを切ろうとした時だった。
「あの! ヒナさんっ!」
「ふふふふ。彼氏がヤキモチしちゃう?」
「へ?」
「お隣の、今、すっごい我慢してる祐真君の彼氏」
ヒナさんはサラリと言うと、長い前髪を細くて白い指で色っぽくかき上げる。こんなにセクシーなバリタチさんって、そうはいないと思うんだ。見惚れてしまうもの。
「え、えっと」
「彼氏でしょ? 土屋君が」
「あっと、その……」
あの時は、俺がヒナさんに誘われて、そんで穂高が迎えに来てはくれたけど、でも、それは仕事を代わりにやってくれた同僚を追いかけてきたってことで、恋愛関係に繋がるよううなことは当時、何も、なかったはず。
「そうです」
「ひょえ! ちょ、ほだっ、土屋っ!」
「だよねー。バレバレだもん」
足を組んで、膝に腕を置いて頬杖をついたヒナさんがくすりと笑って首を傾げる。その姿は絶世の美人ネコさんなのに。
めっちゃバリタチ。
「映画かドラマみたいだったぁ。あんなふうにさらわれるとか、胸キュンだよねぇ。好きな人の貞操守りに現れる王子様! 最高だよ。いいなぁ。僕も」
僕もそんなふうにさらわれたいって、もしもヒナさんが呟いたら、ゲイコミュがひっくり返りそうなほど賑わうんだろうな。
「僕も祐真君さらって、ひん剥いて、襲い掛かりたい」
でも、めっちゃバリタチ。
「須田のことは譲りませんし。ヒナさんが割って入れるような隙間もないです」
「はいはい」
「では、イラスト是非宜しくお願い致します」
「はぁい」
フワフワに微笑みながら、バリタチだけど美人のヒナさんが手渡したイラスト発注書に目を通す。
「あれ? これ納期、けっこう余裕もたせてくれたんだね」
「……いえ、今までと設定条件は」
「そうじゃなくて、大変なんでしょ? そちらさんの営業」
そこで穂高の顔色が変わった。
「知ってるよー。君に俺を紹介してくれた尾田さん、今月いっぱいで退社するんでしょ?」
え? 今、ヒナさん、なんて。
「大変だよね。尾田さんいなくなるとかなりきついでしょ。でも、まぁ、話聞くとさすがにやめるよ。あ、けど、俺ならいつでも仕事引き受けるから言ってよ。ね? 祐真君」
今、ヒナさんはなんて、言ったんだ。そして、隣でとてもしんどそうに表情を歪める穂高に、さっきまで高鳴っていた胸には急に不安が込み上げてきた。
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