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第47話 恋に泣く

「今回はなげぇじゃん……って思ったんだけど、やっぱフラれたのか? まぁ、いつもと同じだったってことだ。今から飲み行くか? それとも、タクシーで」 「違うっ!」  泣きながらだから、一樹の話を遮ろうと荒げた声がかっこ悪くひっくり返ってしまった。 「祐真?」 「違う……フラれたんじゃない」  ラブラブのラッブラブだ。デートだってしたし、ホント、仕事も恋も順風満帆……だったんだ。 「おい、祐真」 「っ」  つい一週間前に一樹が同じように現れたんだったら、俺はそう満面の笑みで答えてた。一樹に穂高のこと紹介だってしようとしてたんだ。ホント、ラブラブだったんだぞ。 「……どうしたらいいか、わかんねぇよ」 「祐真?」 「だって、あいつ、勝手に、決めてくんだ」  俺に相談しろよ。愚痴こぼせよ。なんで、勝手に苦しくなって、勝手に行き詰ってんの? 「祐真?」 「あいつ、仕事……辞めちゃうのかも、しんない」  そう実際に言葉に出したら、なんか急に、置いてけぼりにされたみたいに寂しくなって、涙が、止まらない。  ポタポタと零れ続ける涙を隠すように俯くと、一樹が俺の頭をそっと優しく撫でてくれた。そして、小さく溜め息をひとつ落っことす。 「バカ、たかが仕事だろうが。それが終わったって、別にそいつとの縁が切れるわけじゃないだろ?」  違うんだ。そういうことじゃないんだ。穂高がようやくもぎ取ったゲーム製作の仕事。俺と一緒にやってこうって、すごく頑張ってたのに。 「お前との付き合いと仕事はまた別だ」  違う違う。そうじゃなくて。 「お前のことを好きな気持ちには変わりがないだろ? だから……」  慰めてくれようとする一樹に声をかけようと思ったんだ。けど、その一樹が口をつぐんで、俺を真っ直ぐ見た。 「かず……」 「やめた」  いつもは俺が「フラれたー!」って泣きついて、しょうがねぇなって呆れたように笑った一樹と一緒に馴染みのゲイバーに行く。 「なんか、今回のお前、普段の恋愛と違いそうだから」  いつだって優しい一樹は俺の毎度変わることのない別れ話を聞きながら、落花生を摘むんだ。そして、話が終わると、笑って。 「親切な、いとこでいるの、やめた」  笑って次があるって言うんだ。 「そいつ、お前に相談しなかったんだろ?」 「……」 「仕事辞めるかどうか、仕事が大変なことも全部、お前に話さずひとりで片付けようとしてるんだろ?」  俺は一樹に励まされるばっかだった。ありがとうっていつも感謝してた。 「お前には頼れないってことだ」 「そ、それはっ」 「恋人なのにな」 「!」 「お前はそんなふうに泣いて寂しがってんのに、そいつは、今ここにいねぇ」 「さっきまで一緒にっ」 「今! ……いねぇだろ」  涙も止まる厳しい声だった。いつも優しくて、穏かで、静かに隣にいてくれる一樹の珍しいレアな声に、驚いて、飛び上がってしまう。 「そいつはそいつで悩んでるのかもしんねぇ。けど、お前には相談しない」 「……」  驚いて、何から考えて、一樹の言葉を否定したらいいのかがわからない。 「恋人なのに」  だって、穂高は大変なんだ。営業一課で期待されてて、すごいプレッシャーの中頑張ってたのに。それを人事異動でなった課長がさ。上司なんだぞ? 抵抗なんてできるわけねぇじゃん。それでも必死に――。 「なぁ、そんなもんなんだって。恋なんて」 「……」 「好きだっつって、付き合って、好きじゃなくなって、別れる。それを繰り返す。今、どんなにお前が心を痛めて泣いても、どんなに心配しても、どんなにっ」  一樹のこんな顔を初めて見た。 「どんなに……切なくなっても、いつか終わる」 「……」 「恋なんてそんな程度のもんだろ」  苦しくて、息ができないって顔。 「けどっ」 「……」 「俺なら泣かせない」  そして搾り出すように告げられた、一樹の本心。 「俺は、お前を振ることはない」 「……」 「お前がフラれるのを内心待ってた。いつもいつも。電話がかかってきて泣いてるってわかるとホッとした。今回も終わったって」 「……」 「この前、いつものバーに行ったんだ。そしたら、お前がいた。相手の男と一緒に」  あの日だ。あそこに穂高と一緒に行ったのはその一回しかないから。それにマスターが少し不思議そうにしてたのを覚えてる。一樹来ないみたいだしってぼそっと呟いたら「え?」って少しだけびっくりしてた。何に驚いてたのかその時はわからなかったけど、たぶん、来たんだ。一樹は。顔を出して、そして直ぐに出て行った。だから、「来たよ?」って驚いてた。  俺は紹介したかった。この人ですって紹介して。そんで。  よかったじゃん。今度の人とは上手く続きそうで。  そう言って笑ってくれると思ってた。 「心底願った。早くフラれればいいって」 「……」  勝手にそう思ってた。 「なぁ、俺はずっとお前のことが好きだった。ずっとだ。何より大事にしてた。これは恋じゃねぇ。そんなに軽くない。だから、お前が恋なんてこんなもんだって気がつくまで待つつもりだったんだ。お前が恋を諦めるまで、いくらでも待てると思ってた。この思いは変わる事は絶対にないからっ」 「……」 「断言してもいい。今の男もきっとそのうち……気がつく。女のほうがよかったって」  言葉が追いつかなくて、とにかく首を横に振って、一樹の言ってることを否定し続けた。ブンブンとただ振り続けて。 「俺はいくらでも待ってられる」  ブンブンとただ振り続けて。 「お前のことを一生大事にする。お前を泣かせるようなことは一生しない」 「……」 「だから、恋なんて、もう諦めろ」  一樹の、もう何回も頭を撫でてくれた掌が、その否定を続ける俺を止める。 「俺に、しろよ」  結局、何も言えなかった。何を言えばいいのか、疲れ切った俺の小さな脳みそじゃ、言葉を探し出すことはできなかった。

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