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第49話 ブリ子(仮)
「えっと、待って待って、あれだ! デザイン課……そっか、外注で頼むと……」
もうぼっち部署だから独り言がハンパなくても大丈夫。ブリ子の咳払いもないし、観察されることもないんだから、思いっきりブツブツ言いながら脳みそフル回転させた。
ようはさ、コストを三十パーセントカットできればいいわけだろ? 納期とか人件費ととかさ、穂高が出してくれた見積もりと睨めっこしながら、削れるだけ削ればいい。
幸いなことに、もうすでにギョウカンがひとりになったんだから、ここでの人件費分が減ってる。スマート化。ギョウカン、テスト課、とりあえずこの二つの部署はすでにてこ入れ済み。これだけで三十っていう数字の枷は軽減される。
だから、つまり、作曲家を俺たちの望む人にした上での、経費削減ができてれば、あの眉間の皺課長は承認するしかないだろ。
やってやる。
コストの三十パーセントカット、やってのけてやる。
「うー……」
やる気はあるんだけどさ。人件費の削減、各部署のスマート化がどんだけ進んでるのかわからない。それと、いくつか、わかんない作業がある。時間かければ履歴みたりでどうにかできるけど、でも、その時間がないんだ。あの課長は「待ってください」って言ったって待ってくれないだろ? だから、考えて紐解く時間はない。
「……よし」
渋ってる場合じゃない。
気合を入れて立ち上がると、できるだけ簡潔に、できるだけ手短に、訊きたいことを箇条書きにして握り締めると、自分の古巣へと向かった。
イヤだよ。
できることなら関わりたくないよ。ぼっちのほうが全然楽。ブリ子に質問するのは本当に、ほんっとうに気が重い、けどっ。
「す、すみません」
時間が、ないんだ。
「おー? 須田。さっき、どうかしたのか?」
「あー、いや……えっとさ」
ブリ子がブリ子じゃないみたいだった。
「持田さんに……仕事のことで訊きたくて、ぁ、あの、課長」
最近、老眼になってしまったと嘆いていた課長が眼鏡の隙間からこっちを見て頷いた。どうぞって。
俺はお礼をして、部屋の隅で背中を丸めて、パソコンを見つめるブリ子のところへ向かった。
元からすっごい猫背だったけど、今の猫背は見ててかわいそうになるほどとても小さい。そしてその横顔は威張り散らしてた頃とは全く違って、なんというか、顎がしゃくれてない感じ。
「あの持田さん、お仕事中すみません。ちょっとギョウカンので訊きたいことが」
一緒に仕事をしていた時、似た感じで何度か質問したことがある。その度に眉をひそめて「それ、一度説明したわ。説明、ちゃんとしました」って怒られるんだ。そして、俺の謝罪の言葉を待たずに、メモなんて取らせない勢いで説明してくれる。ものすごーく意地悪だったのに。
「……私、もうギョウカンの人間んじゃないので」
は、はぁぁぁぁぁ?
「これ、持田さんがやってた業務なんですけど」
「……」
はぁ? みたいな顔しないでもらいたいんですけど。
「ちゃんとテスト課の課長に時間頂くことの許可を頂いてます」
「そうですか。それはよかった」
怒りたくなる。
「これです」
「これ? あぁ……これは……普通にやればいいんだけど?」
「それじゃダメだから言ってるんです」
だから! はぁ? みたいな顔をしないでもらいたいんですってば。その顔したいのこっちだから。
「そうですか。そしたら、これをこっちの日付と照らし合わせて、一日ずらしてから、今度はこっちの日程を」
「あの!」
「何か?」
本当に本当に意地悪だな。それもすごく悪い感じの意地の悪さ。最悪だ。でも、こっちだって、その最低最悪な上司のもとで数ヶ月耐え忍んできたんだから。
「ちょ、ちょっとだけギョウカンに来てみてもらっていいですか?」
「は? なんで私が」
「貴方が! ちゃんと教えてくれずに異動先にいっちゃったから、困ってるんです!」
「一回」
意地悪っていうか、ただの捻くれた人じゃん。
「一回教わったかもしれないですけど! でもメモも取れない速さでまくし立てるように説明されて、覚えられるわけないじゃないすか! それでも必死にやって、けどわかんなくて訊いたら、すっごい勢いで嫌そうな顔されて。すごく訊きにくいです! 仕事しづらいです!」
大人なのにどうかと思う。顔じゃなくて、性格が不細工だ。
「俺のミスは目くじら立てて、自分のミスは笑ってごまかして。仕事してないって指摘されても、パソコン盗み見されたって不満顔して。そんなんだから、ダメなんでしょ! 俺は! 貴方のこと、大っっ嫌いです!」
「…………んなっ」
「けど、これは仕事なんです」
本当に本当に大嫌いだ。口も聞きたくない。一緒に仕事なんてしたくない。けど、これは仕事だから。
「持田さんが、お子さんのお弁当毎日作ってるのすごいと思います。仕事しながらって、大変だと思います。今、ギョウカンの仕事、手いっぱいです。けど、俺は自分に託された仕事をちゃんとやりたいんです」
頑張りたいんだ。
「ゲーム、いいものにしたいんです」
「……」
「そのためには無駄な仕事、全部カットしてかないといけないんです。持田さんはギョウカンの仕事なら全て把握してた。だから、教えてください。一番最短でシンプルにギョウカンの仕事が済ませられる方法を」
俺だけじゃなくて、穂高だけじゃなくて、俺たちは会社で「商品」を作ってるんだから。
「お願いします」
「……」
深く頭を下げて、頼んだ。
「コストカットしないといけないんです」
「……」
「そのためにできること全部したいんです。あの営業一課の課長の三十パーセント削減をしたうえで、自分たちが面白いって思う物を作りたいんです」
「……」
頼んで、頼んで、それでも無反応で。
「だからっ」
「ここ、ネットワークで繋がってるでしょ。貴方が持ってるメモ見せて」
「……」
「これはこっちのと照らし合わせないでいいわ。じゃなくて、仕入れのページを開いて……」
仏頂面は相変わらず。つまらなさそうな声も変わらず。しゃくれた顎は、ちょっと割り増しされてる気がしなくもない。
「こうしたら大丈夫よ」
「あ……ありがとうございます」
今まで教えてくれたことにお礼を言っても大概がスルーだった。今だって。
「…………どう、いたしまして」
「!」
今だって、それは変わらない。無愛想で、そんで俺はこの人が好きじゃないし、面倒な人で、できれば話したくないって思ってるけど。
「…………ずっとひとりで仕事してたのよ。気楽だけれど、退屈でダルくて、やる気なんて沸いてこなかった。でも、貴方が来て、仕事を全部取られてしまうんじゃないかって、私のこと追い出そうとしてるんじゃないかって」
「……」
「そう思ったんだけど。貴方と仕事してるの、案外、楽しかったわ」
え。マジで? 俺は、ちっとも楽しくなかったけど。
「仕事、頑張ってね」
なんか、もしかしてブリ子のお面をつけた般若なのかと思って、ものすごく怪しんでる顔をしてしまったんだと思う。ぶり子(仮)がそんな俺を見て、声を出して笑っていた。初めて見る般若の笑顔だった。
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