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第50話 苺星人パワーを君に授けよう

 きっとひとりで仕事してるとさ、人の目がない分つまらないし、引き締まらないから、ゆっくり、段々、だらけていったんじゃないかなって。そして、一回だらけるとさ、もうそこから引き締めるのってけっこうしんどいと思うんだ。誰かが叱ってくれたら違うけれど、誰も叱る人がいないのなら、自分ひとりじゃだらけちゃうでしょ。  ――コストカットを狙うんでしょ。そしたら……。  シンプルな業務管理の仕方を教えてくれた後、もう一つ教えてくれたんだ。 「……こ、これ……これこれ」  各部署のてこ入れ状況を。ブリ子は噂話だけは好きだったからさ。基本人見知りで、社内に仲が良さそうな人は一人もいないけれど、ゴシップネタにだけは飛びつくから。 「……ぐふふ」  どのくらいスマート化が進んでるのかをあの人はしっかり把握していた。本当に性格が悪いというか、なんというか、彼女自身も今回その波に飲み込まれたせいか、詳しく知りたかったんだろう。人事の構造改革を解説してくれた。 「…………よしっ!」  でも、そのおかげで、なんか色々わかったから、今回は感謝しちゃおう。 「っと、いけないいけない。残業はコスト割り増しだ」  時計を見れば、もう定時の時刻になるところだった。  今日のぼっちギョウカンお仕事が完了したことに、ホッとして、ひとつ溜め息を零す。明日も忙しくなるんだろうな。そう思いながら、一日奮闘したギョウカンの部屋を見渡した。  まだ、穂高は奮闘してるんだろうな。  スマホには連絡がない。  ねぇ、ひとりで悶々と考えてる? 俺らの作ってきたゲームがここで頓挫しそうになって、あの営業一課の課長みたいに眉間に皺を寄せてる?  皆、まだ仕事してるのかな。いや、あの課長のスマート化計画で皆、緊張高まる現状に息がつまって急いで帰ったのかもしれない。のんびりとした雰囲気は消し飛んで、とても鋭い静寂にオフィスが包まれてた。  ――今日、帰り待ってる。いつものとこで、待ってるから。  そうメッセージを送ってから、俺は急ぎ足でコンビ二へと向かった。俺がいない間に、あいつが、穂高が暗い顔を見られたくないと帰ってしまわないように。逃がしてしまわないように走ると、久しぶりの駆け足がとてもぎこちなくて、運動不足だなぁって苦笑いが零れてしまった。  部署が異動になった時、なんで俺が! って思った。異動先はあの地獄のギョウカン、そしてそこで待ち受けるのは、あの「もったいブリ子」、もうそう思っただけで足取りはめちゃくちゃ重たかったっけ。  めげそうだったよ。急に仕事がつまらなくなるし、苦痛だし、もうホントどうやって気持ちを引っ張り上げようかと思った。  だからさ、ホント、すごいありがたかったんだ。 「お疲れ!」 「……」 「お疲れ様! 穂高」  すっごい助けられたんだ。 「両手」 「?」 「ほら! 両手!」  お前のくれた、苺星人。 「……なっ、ちょ、おいっ! こぼれっ」  その両手にバサーッて、ガサーッて全部出しちゃった。 「大変だろうけど、頑張れよ」  覚えてる? このセリフ。穂高が言ったんだ。俺はあの土屋穂高―! って、同期なのに敬語になったくらい慌ててた。すごいびっくりしたんだぞ。 「これ、やるよ。餞別」 「……」 「苺星人」  パッケージのイラストは一つ一つ違ってる。座ってるのから、胡坐かいてるの、反省? なの? かな正座してるのもあった。走ってるのもあれば、体操の決めポーズをしてるのもあるし、あ、これすごい。スペシャルかな。苺星人ふたりによる馬とび。あははは。正座からの足痺れで動けませんっていうのもある。色んなポーズで、色んな苺星人で、味は全部同じ甘い甘い苺ミルク味。 「穂高がくれた飴舐めながら、頑張れた。朝、足取り重くてさ。はぁぁぁ……って、溜め息が止まんなかった。でも、このおかしな苺星人の飴玉で笑えてきて、あっまくて頑張れたんだ」 「……」 「今度は、俺が穂高を応援する番だろ?」  ニコッて笑って見上げる俺を穂高が切なげに見つめてた。 「……祐真、でも、俺はっ」 「ばか」  そして、ぽこって俺よりもずっと高いところにある頭を紙で作ったメガホンで叩いた。 「穂高が言ったんじゃんか。俺のパートナーは穂高だって。そしたら、穂高のパートナーは俺なんじゃねぇの?」 「……」 「そんなこともわからないなんて、ばかだろ。ほら、これ」  メガホンを広げて、ばかみたいに暗い顔をした穂高のために見せてやる。両手、苺飴でいっぱいだったから。 「すっごい頑張って作ったんだ」 「……これ」 「削減できそうなトコを全部抜いて、スマート化を図った俺らのゲームの進行表」  人員とか納期とか切り詰められるだけ切り詰めて、今の時点で出来る全部を節約した。 「けどさ、これ、見積もりにできなくて」 「……」 「俺、そういうのはやったことないから。穂高じゃないと」 「……祐真」 「シーシュポス!」  頑張って、頑張って、それでも横から突然出てきた奴に全部ダメって叱られたり。頑張ってたけど、誰かが評価してくれるわけじゃないから、もういいやって思ってしまったり。他の人だってそうだ。皆がシーシュポスで、自分はなんでずっと計算機を叩いてるんだろうと一人デスクで思ってみたり。なんで、この製造ラインをじっと見つめないといけないんだろうって工場の一角で佇みながら疑問を感じたり。世界を動かしてるような実感なんてあるわけない。小さすぎて、遠くから見たってただの砂の塊の一部でしかないけれど。 「俺は無駄なんてこと一つもないと思うよ」  シーシュポスが積み上げても積み上げても崩されちゃう岩。  自分の熱意だけじゃどうにもならず叶わなかったデザイン課への配属希望。テスト課で動作確認にたくさん触れたいろんなジャンルのゲームアプリ。地獄のギョウカンでの怒られながらも、無駄にたくさん覚えた仕事と、あのブリ子との耐久八時間をやってのけた忍耐力。  どれも、今、ここで、穂高の支えになるためにあってくれて助かったって、思ってる。 「これ、一緒にやってよ」 「……」 「三十パーセント削減。ほら……」  その両手から零れた苺星人を拾って、一粒口に咥えた。 「ひぃれ、ひゃるひょ。へんへつ」  ほら、早く早く。穂高が遅くまで会社にいてくれたから、今なら、誰もいないからさ。 「ん」 「……っぷ」  な? だから、ひとつも無駄なことなんてないんだ。穂高が仕事どうにかしてやり抜きたいともがいてくれたから、今日残業してくれたから。 「全然、何言ってるのかわかんねぇよ」  口移しで苺星人パワーを分けてあげられた。  だろ?

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