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第51話 ハッピーエンディング?
本当はさ、ぶっちゃけ、あの課長の提案を呑んだっていいと、俺は思ってる。曲げる曲げないじゃなくて、商品だからさ。テスト課でたくさんのゲームに三年間で触れて思ったことは、音楽よりも動作性のスムーズさとか、機能の部分、情報の管理、そういうとこのストレスが一番ゲームをつまらなくさせる。そう俺は思ってる。
音楽は……あったほうがいいよ。もちろん。緊迫したシーンで、チャラチャラチャラーなんて軽やかな音楽流されても興冷めしちゃうから、音楽も大事だと思う。でも、ゲームは商品だから、とも思う。
作ってる人は熱意を持って作る。それはどのゲームだってそうでしょ。売れない。面白くない。なんて思いながらゲームを作る人なんていない。けど、やっぱりあるんだ。テスト課で仕事をしていて、これ、あんまりだなぁっていうゲームが。これは商品だから。芸術作品じゃないから。コストパフォーマンスは大事だよ。
だからさ、俺は思うんだ。
課長と対立とか、曲げる曲げないとかじゃなく、会社の要求に応えながら自分たちも納得のできる「仕事」ができたら、それが最善だって。
「大丈夫」
ぼっちのギョウカン室だから、誰に気がねするでもなく、願いを口にした。
朝一はミーティングがあるって言ってた。数字で評価するからさ、そのミーティングで色々数字化した業務成果を発表し合うんだって。穂高が「神々と恋をする」のこのあと残ってる三工程分を調節した見積もり案を持っていくのは、そのミーティングのあと。
音楽、それとゲーム画面のデザイン、あと、言語とかの翻訳。ゲームアプリができあがるまで工程はいくつもあるけれど、もうそれの半分以上が済んでしまってる。ここからのコスト削減ってけっこうしんどいんだけど。
あの眉間の皺課長さんがやり手で、ある意味助かった。
本当にバッサンバッサン人件費やらなんやらかんやらを削減してくれてるおかげで、ゲーム製作にかかるコストも比例して減ってる。
あと、ブリ子が噂話好きでよかった。すっごいたくさんネタを持っててくれたから。
そんなもろもろを引っさげて、俺が渡した削減できた部分のリストを使って、今度は穂高が見積もりを作り直してくれた。そこは俺の専門外だからさ、ちんぷんかんぷんなんだ。
けど、昨日の夜中、二時十六分、メッセージが来た。
俺はそわそわしちゃって眠れなくて、真っ暗な自室で目をらんらんとさせてた。
――たぶん、いける。三十パーセント削減できそうだ。
通知を教える音に飛び起きて、その文面を確認して、ひとりガッツポーズが出たんだ。
何度も何度も確認して、いくつか案を考えて、それこそ眉間の皺がぎゅーんって深くならないように、頷くしかないように、穂高はきっと完璧なのを提出してるはず。
だから、きっと、大丈夫。
大丈夫……だと思うけど。
思うけど!
遅くない? なぁ、もう十時すぎちゃってるんですけど! 遅くない? ミーティングが長引いたとか? それとも――。
「……」
それとも、案が通らなかったとか?
案が通らなければ、楽曲依頼は希望する作曲家にはできない。
――もう退社することになってる尾田さんが、俺をかってくれてる。
そしたらさ、そしたら、穂高は会社を。
「祐真っ!」
「!」
バーンって、思いきり、勢い良く開いた扉。
そして、息を切らしてる穂高がいて。俺は心臓が破裂しそうなくらい緊張してて。
「通った」
その一言に、ふわりと身体が浮き上がるような感じがする。
「ま、マジでっ?」
「あぁ!」
「通ったのっ?」
「あぁ!」
「!」
やった。本当に? あの、本当に?
「祐真のおかげだ」
「お、俺はっ」
「……ありがとう、祐真」
「……」
ぎゅっと抱き締められた。俺より背の高いモデル体型の穂高が力いっぱい抱き締めるから、俺は、なんか釣られた魚みたいに持ち上がっちゃって。ほら、今、爪先立ちしてる。
「……ありがとう」
耳元で聞こえる声がくすぐったかった。
まるでヒーローが戦いを終えて返ってきたラストエンディングみたいなハグに、俺もだけれど、きっと地獄のギョウカンが一瞬でロマンチックなオフィスラブの舞台に、なっちゃったかもって思うと気恥ずかしくてさ。
「ど……どう、いたしまして」
お礼を言いながら、照れ臭さからずっと顔を穂高の胸に埋めて隠してた。
きっと、眉間の皺課長はできる課長なんだ。と、思うことにしよう。一緒に酒は絶対に飲みたくないけれど。
朝のミーティングのあと、穂高がお時間宜しいですか? と尋ねると、少しイヤそうな顔をしたんだそうだ。
俺が思うにだけれど、「辞めます」って言われたくなかったんじゃないかなぁって。だって、眉間に皺が寄ってても、数字だけで判断するとしても、課長から見て穂高はやっぱり優秀な部下だろうし。その部下に辞められてしまっては困るって思ったんじゃないかなぁって。
提示されたコストの削減を見事、って言ってもギリギリなんだけど、切り詰めて切り詰めて、そんで、このスケージューリングだと、このあと半年間くらい、俺たちは激務をこなさないといけなくなるんだけど。
でも、穂高とならそれも楽しそうって思えるからさ。いいんだ。
これで、「神々と恋をする」を穂高と作れる。仕事を一緒にできる。最高だ。
本当、王道映画並のハッピーエンディング。ラブラブラストシーン――のはずだったんだ。
「穂高……ここ、どこ?」
「…………さぁ、どこだろうな」
鈴虫の音って素敵だよね。涼むっていうか、風流っていうか。あ、ここなら蛍とかいるんじゃない? いそうな気がしない?
「さぁって! 穂高ぁ!」
「……すげぇ、虫めっちゃいるな」
「感心してる場合かよ!」
「っぷ、いいじゃん。終電じゃなくてよかったな」
ホントだよ。本当に本当のホントだよ。
寝過ごして、気がついたら終点だった。
お互いに深夜二時すぎまで起きてて、それまでだってずっと緊迫した空気、張り詰めた緊張感、寝不足とそんな諸々の疲れが一気に訪れて、帰りの電車の中で爆睡だった。そして、目を覚ましたら、ビルの明かりなんてひとつもない、大自然の中。駅には煌々と明かりが点いているけれど、煌々としすぎてて虫が大集合だ。俺、あんな大きなモスラみたいな奴初めて見たんですけど。
「あと、三十分だと」
「はぁ」
マジですか。でも、居眠り気持ち良かった。穂高の肩に寄りかかると、なんか身体の無駄な力が全部ほぐれていくようでさ。きっとどんな高級スパでも味わえない心地だったよ。
「あー、お腹空いた」
やっぱり会社の近くで何か食べればよかった。お祝いにって、レストラン探したけど、それどころの話じゃないよ。駅に降りた瞬間、野宿かもって肝を冷やしたんだ。
「あ、飴あるぜ?」
「マジでっ? やた、ちょうだ……」
「ん」
ニヤリと笑ってる。口移しでやるからって。
「ここ、駅なんですけど」
無人だろ? そう不敵に笑う穂高はいつもの穂高で、俺はいつもみたいに真っ赤になりながら、自分から甘い飴玉をねだって口付けた。
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