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第52話 怒ってますから!

 あの日はまさかの終点まで寝過ごしで、帰りついたのは日付が変わるギリギリだった。ヘトへトだったこともあって、「神々と恋をする」製作続行おめでとうのお祝いデートは急遽延期となった。  今日はそのお祝いデートのやり直し。 「俺、怒ってるから」  穂高の部屋、穂高のベッド、そんで、その穂高に馬乗りになって上から睨みつける俺。  レストランで食事して、スパークリングワインなんて飲んじゃって、穂高のお部屋へ。  仕事のほうは順調に丸く収まったけど、こっちはまだ収まってない……んだからな。 「……ゆ」 「一人で、なんで決めるんだよ」 「……」 「会社、辞めようとしてただろ」  不穏な空気が漂っているのはなんとなくわかっていた。眉間の皺課長が来てから穂高が疲れてそうなのも気がついていた。  でも、穂高の中でどんどん気持ちは進んで歩いてっちゃって、俺は置いてけぼりだった。 「俺、ひとつも聞いてない。相談されてない」 「……」 「恋人……じゃねぇの?」 「あぁ」 「ならっ! ……相談するもんじゃないの?」  即答してくれて嬉しいよ。すっごく。でも、それなら話してくれてもいいだろ。仕事が行き詰ってる。課長がしんどくてって。 「穂高が話さないで勝手に進んでっちゃうの、寂しかった」 「……」 「俺、頼りない……よな」 「!」  わかってる。お前みたいに仕事ができるわけじゃない。期待のエースなんて言われたことがないし。これからも言われることはないと思う。  平凡だし。普通にポカミスする。ちっとも期待されてない俺なんかに穂高にかかるプレッシャーは体感できないけど、それでも手伝いたかったんだ。力になりたかった。話を聞くだけじゃなんの役にも立たないかもしれないけど、それでも俺は穂高のことが好きだから、なんでもいいからしたかったのに。 「いらない、かもだけど」 「違うっ!」  大きな声に、馬乗りだった俺がびっくりしてひっくり返ってしまわないように、抱き留めながら起き上がった。 「違う……」  切ない顔されたって、俺、不安だったんだぞ。 「言って、欲しかった」 「……お前は頑張ってただろ」 「でもっ」 「あぁ、一瞬、尾田さんについていくのもありかと思いかけた」  俺の胸に顔を埋めて、背中に回した手に力を込めて、ぼそりと打ち明けてくれた胸の内。 「完璧なものにしたかったのもある」 「……」 「けど、一番譲れなかったのは、たかがゲームっていうあの人の姿勢だった」 「……穂高」  また、きゅっとしがみ付くように強まる力に切なくて痛くなるよ。どこも痛くないけど、心臓のとこが痛くなりそう。  きっと、俺のことを想ってくれた。  穂高が見惚れた俺の横顔。すごく楽しそうだったんだろ? あんな顔をさせられるゲームを作りたいって、そのためにきついプレッシャーの中、しんどい仕事の中、踏ん張ってがんばってもぎ取った今回のチャンスだったから。あの日の横顔を作れる奴になりたかったから、決意も、気持ちも、頑張りも、全部を「たかが」の言葉ひとつで捨てられてしまったようなさ。寂しくて、やるせなくて、がっかりしてしまう。 「お前の顔見て、間違えたって気がついた」  俺はその時どんな顔をしてた? 寂しそうだった? 「すまない」 「……」 「不安にさせた」  不思議だ。俺、さっきまで怒ってたのに。 「お前とゲームを作りたいんだったって、思い出した。やりたい、仕事が、あったんだ」 「……」 「そんで、課長を説き伏せるために俺たちが依頼した作曲家を推すプレゼン考えてた」 「そうなんだ」 「通らないだろうけどな。あの課長相手じゃ」  かもね。何せ数字でだけ評価するんだから。 「三十も削減なんて、残り、ふた工程しかないのに、よくできたって、課長もびっくりしてたぞ」 「あはは、マジで? 俺もすげぇって思った」  あれやるためにいっぱい頭使ったんだぞ。ちなみにギョウカンの元からある業務は全部ちゃんとこなしたんだからな。 「あれね。ブリ子に教えてもらった」  びっくりした? すごい名前が飛び出しただろ? 鳩が豆鉄砲を食らったって顔をする穂高が楽しくて、笑ってしまった。 「しかもテスト課の部署で、面と向かって啖呵切った」 「は?」 「仕事すっごくしづらかったです! そんで、俺は貴方のこと大っ嫌いです! って言った」 「はぁ?」  穂高の低いカッコいい声がひっくり返ったのも初めてだ。なんか録音とかできたらよかったのに。くすくす笑う俺にまだ驚いたままの穂高の顔がおかしくて、もっと笑いが込み上げてくる。 「なんか、全部ぶっちゃけてブリ子に文句言ったらすっきりしてさ」 「……」 「そしたら急に理解できたっていうか。まー、嫌いだけど、でも大嫌いじゃなくなったかな。だってさ、あの人、模擬試験があるって言ってた。娘さんの。仕事して家事してって大変だと思う。そこはすごいなぁって思うんだ」 「……」  な? 思うだろ? だから、性格悪いまんまでいいから、テスト課で頑張って欲しいなぁって思うんだ。 「やっぱ、お前……すげぇな」 「そ?」 「敵わない」 「すごいだろ?」 「あぁ、すげぇ……すげぇ、好き」  不思議だ。 「……祐真」 「もう、こういうことで辞めるって思わない?」 「……あぁ、もし」  さっきまでこの件に関してはすごく怒ってたんだ。恋人としては、本当に、怒ってたんだけど。 「もしも、辞めるとしたら、喧嘩別れじゃなく、独立する時だ」  もう、怒ってないや。 「その時は、祐真も一緒だ」 「えー、俺、今のギョウカンの仕事教えられるかなぁ」 「そん時は、ブリ子方式にしろよ」 「なんでだよ。ただの意地悪じゃん」 「そのくらいでいい。そしたら、意地悪な先輩ってことで好かれることはないだろ」  そんなのわからないじゃないか。俺がブリ子に……あ、それは絶対に、地球が反転してもないけどさ。でも――。 「やだ。優しく手取り足取り教える」 「おい」  そうじゃないと覚えられないくらいギョウカンだって忙しいんだぞ、って、エリート集団集う営業一課の期待のエースに笑って、そっと。 「……祐真」  甘いキスを、遮った。 「祐真?」 「俺、穂高のこと、すごい好き」 「……」 「だから、俺のすごい、大事な奴を紹介したいんだ」  甘いキス、もっとしたいけど。すっごくすっごくしたいけど、俺はその前に、どうしても会わせないといけない。俺の一番近くでずっと見守ってくれていた、あいつに、この恋をちゃんと。 「俺の大好きな人なんですって、大親友で家族みたいな俺の、いとこ、に」  ちゃんと紹介したいんだ。

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