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第53話 「恋」に抗え
恋はいつか終わる。好き、から始まった恋はいつも、その好きが消えて、そして終了する。どんなに甘い言葉をささやかれても、それは永遠じゃなくて、いつか自分以外の誰かがそこの言葉をもらうことになる。心変わりされてしまう。
毎回そうだった。
恋はいつもそうやって終わってた。
「一樹、この人が、彼氏の、土屋穂高……さん、です」
「どぉも」
俺もどこかで、恋はそういうもんだと思ってた。
「えっと、穂高、こっちが、いとこの一樹、です」
「初めまして」
いつものゲイバー、なんとなくで事情を察してくれたマスターが一番奥のひっそりとしたテーブルをどうぞってしてくれた。俺と穂高が並んで座って、対峙するように一樹が座ってる。
「あ、あのさ! 一樹、あのっ」
なんとなく、どころかがっつり緊迫した雰囲気。まさに三角関係ってやつだ。今まで、こういう場面に遭遇しなかったわけじゃない。むしろ、回数だけなら多いかもしれないけど、今回は立ち位置が違ってるからさ。
「一樹!」
いつもは俺がいて、もうひとり、浮気相手か、もしくは向こうが本命だったっていうネコさんがいて、その間に二股男がいる感じ。
「あのっ」
「あんた、ノンケだろ?」
「一樹っ!」
「祐真はあんたのこと、すげぇ惚れてる。つまみ食い程度の気持ちで、興味本位でなら」
「俺の、片想いだった」
穂高のその一言に、一樹が目を丸くした。ノンケの男が、男に片想いをしてたなんてさ、俺だって、どこかでそんな話を聞いたら、同じように驚くよ。
「だから、浮かれてるのは俺のほうだ」
そのタイミングで、こっちを見て微笑むとか反則だと思う。片想いされてたなんてさ。タイムスリップして、今の俺が、昔の俺に教えてあげたとしても、きっと信じないと思うよ。
こんな素敵なことなんて、オカシモって唱えて防御してた頃の俺には、起きないとずっと思ってた。
「一樹、あのさ……」
恋はいつか終わる。好きは薄れていく。そんな恋の定義みたいなものがあるけれど。
「俺、穂高のことすごく好きなんだ」
「……」
「初めてこんなに好きになった」
俺はその「恋の定義」から全力で抗うよ。世界中の人がそんなの無駄な抵抗だって、恋は消えていくものだって笑っても、俺は抗う。
「今までたくさん相談に乗ってくれたの、本当にありがとう」
「……」
「だから、今、わかるんだ」
この恋は。
「違うって」
「……」
「本物だって」
一樹がゆっくりひとつ溜め息をついて、自分の手元を見ながら、小さく笑った。
「失敗したな……」
「一樹?」
「お前の初めては全部、俺がもらってたから、なんか余裕ぶっこいてた」
「……」
「頑張れよ。俺は、今までどおり、お前のいとこでいてやるから。そんで」
恋なんてもうしないって叫んで泣いて、何度やっても懲りずにまた恋をして、フラれて、また泣いて、元気になって、次の――。
――次があるだろ。
そう言って笑って、いつまでも話を聞いてもらったけど。もうそんなふうに話を聞いてもらわないでいられるように。
「今度は! 一樹の話たくさん聞くからさ!」
「……」
「俺でよかったら、なんでも、いくらでも聞くから。そんで、たくさん酒飲もう」
目を丸くした一樹が、髪をくしゃりとさせ、「バーカ。お前の場合は、酒に飲まれてただろ」って、苦笑いをこぼしていた。
初めてだったんだ。一樹にさ、あんなふうに改まって彼氏を紹介したの。ゲイバーで偶然会うとか、そんな感じでちょっと会話を交わすことはあったけれど。
「なぁ、祐真」
「んー」
今日のお酒は不思議な酔い方をしてる。シュワシュワと、今、スパークリングワインみたいに胸のところがせわしない。
「かっこ悪いことを言ってもいいか?」
「んー? 何? 穂高はいっつもカッコいいじゃん」
「……いとこが、その全部、初めてって」
「……」
びっくりした。何かと思った。
驚いて振り返ると穂高が、口を真一文字に結んで、あまり色々口にしてしまわないようにと堪えている。
「妬いた、とか?」
「……」
「えへへへ」
「……別に、ただ、知りたいだけっつうか」
ふらふらと酔っ払いらしい足取りで石畳の上を綱渡りみたいに歩いてく。
「なんでも初めての時は一樹がいたんだ。初めて子どもだけで映画館に行った時も、初めてお化け屋敷に入った時も。それに、ゲイなんだってカミングアウトしたのは一樹が初めて。俺も一樹も、家族にもうしてるんだ。カムアウト」
中学生の時、一樹はそもそも無口だったし、大人びてたし、このことを言ったとしても言いふらしたりしないって信じてたから。
よく覚えてるよ。学校の帰り道、夕暮れで、空が真っ赤になってた。数日前から相談したくてしたくて、でも、できなくてさ。今日こそはって決めてたのに、結局夕方になっちゃって。そしたら、一樹から手を差し伸べてくれた。
――言いたいこと、あるんだろ?
そう言ってくれたんだ。そして一樹もそうだって、お互いに告白し合って、そっからは唯一の相談相手。なんでも相談してた。初めて俺に彼氏ができた時だって、全部、一樹は知ってる。
「同じ日に親に言おうって約束して、時間まで大体決めた。十時。十時までに言って、そんで、猛反対されたら十時以降に電話して、お互いの相談に乗ろうって。懐かしい……」
「平気、だったのか?」
「うん。平気だった。戸惑ってはいたけど、受け入れてはもらえたよ」
「……」
「一樹のおかげで色々助かったんだ。すごく感謝してる。おっととと」
グラリと揺れたら、穂高が手を掴んで支えになってくれた。
「……穂高のこと紹介できてよかった」
「……」
「一樹には一番に話したかったんだ」
「向こうにしてみたら、すげぇ複雑だろうけどな」
「うん」
――ね、あのさ、一樹、あの、俺ね……俺、実はさ、その。
「でも、一番に言いたかったんだ」
「……」
「とても」
繋いだ手が力を込めてくれると、胸のシュワシュワがくすぐったくて仕方ない。まるで、絶対に離さないからと無言で告げられてるみたいでさ。
「とても好きな人なんですって」
なんでも話してきた一樹に一番教えたかったんだ。この恋はきっと今までしてきたどの恋とも違う、本物で、最高の恋なんだって。伝えたかった。
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