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第12話 失ったもの。
水無月は着替えを済ませリビングのソファーに腰を掛けると、目を閉じて、深呼吸した。
(想いを抑えきれず、感情の赴くままに文月を欲してしまった…)
水無月は、自身の意思の弱さを責めた。
(文月は、俺に男の恋人が居た事を知ってショックを受けている様子だった。言わない方が良かったのだろうか…いや、それよりも、文月に自分の想いを告白した事自体間違っていたのかも知れない。俺達が付き合えば、きっと文月や彼の周囲の人々を苦しめる事になるだろう。そして、自分の父親も…又同じ過ちを繰り返してしまうところだった。そうだ…今なら、まだ引き返せる。)
そう自分に言い聞かせると、ソファーから立ち上がり帰り支度を始めた。
文月が着替えを済ませリビングに戻ると、其処には帰り支度をしている水無月の姿を目にし、訝しげな表情で彼に尋ねた。
『何してるんだ?』
水無月は彼の声で振り向き文月の目を見つめながら、はっきりとした口調で答えた。
「今日は帰るよ。後日改めて話をしよう。」
彼の言葉に文月の眉がピクリと上がる。
「お互いに考える時間が必要だと思う。」
『何を考えるって言うんだ?俺達の事についてか?後日なんて言わずに言いたい事があるなら今言えよ!』
絞り出す様な声がやがて怒号に変わる。己の中でどす黒い感情が渦を巻き、自分でも制御する事が出来なかった。自分が彼にとって初めての男だと思っていた文月は、水無月の気持ちを汲み取る余裕が持てず、怒りに任せ残酷な言葉を口にした。
『お前ゲイか?男が好きなのか?俺は何人目の男なんだ?言えよ!!』
何も言わず見つめ返してくる彼の目の端に涙が溜まっているのを見て、文月は直ぐに後悔し、謝罪の念を述べようとしたが上手く言葉が出て来なかった。
『あ…俺、ごめん…』
文月が恐る恐る水無月の顔に視線を向けると、己が放った酷い言葉に、水無月は怒りや責めをぶつけてくる事はせず、寧ろ安堵の表情を浮かべた彼の瞳からは、涙が伝い落ちた…
「俺達恋人にはなれないな。今まで通り良い友達でいよう…」
文月にそう一言だけ告げ、水無月は足早に部屋を後にした。
彼が去った部屋に1人取り残された文月は、自分が感情のままに告げた言葉がどれ程彼を傷付けてしまったのか、ようやく理解した。
そして、彼が自分を恋人として見てくれる日はもう訪れないのだという事にも気が付いてしまった…
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