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第16話 忘れていませんか?
「文月!」
水無月が文月に向かって笑顔で手招きをした。
『えっ?本当にみーの知り合いなの?ストーカーとかじゃないんだな?』
周が心配そうな面持ちで水無月に尋ねた。
「違うよ。彼は同期入社で俺達と同じ歳の文月。凄く良い奴なんだ。」
『それなら良いけど…気を付けろよな。』
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとな。」
そう言って水無月は周の頭を撫でた。
『みー!』
「えっ?何?」
『頭撫でたりすんの、他の奴にやるなよ。勘違いされるぞ!』
「分かった。分かった。」
水無月は必死に笑いを堪える。
『笑うところじゃないって、俺真面目に言ってるんだからな!』
「はい。はい。」
(全く…本当にみーは危なっかしい奴だな。無防備過ぎるんだよ…あの時、お前を諦められきれなくて、自分の欲や感情を押し付けてしまった。結局、彼を一番傷付けてしまったのは俺かもしれない。もう二度とあんな思いをさせたくはない。みーが幸せになる事だけを考えよう。)
周が心の中で過去を悔いていると、ふと、背後に人の気配が有る事に気付き、振り向くと、水無月が凄く良い奴と言っていた男が、いつの間にか自分達の直ぐ後ろに立っていた。
周と文月は無表情のまま、お互いを頭の天辺から足の爪先まで観察し合った。暫しの間誰も口を開かず、微妙な空気が3人を包み込んだが、水無月の声によってその静寂は破られた。
「お早う。文月!」
文月は水無月の明るい表情を見て安堵し、自分も笑顔で挨拶を返した。
『お早う。水無月!今日は早いね。』
「あ。うん。朝イチで提出しなきゃいけない書類が有って、いつもより早めに家を出て来たんだ。」
本当は、昨夜散々泣きじゃくって酷い有り様になった自分の顔を文月に見せたくなかったから。なんて…口が裂けても言えないから、つい出まかせを言ってしまった…
『そうか…』
(良かった…避けられてる訳じゃないんだな…)
文月はそっと胸を撫で下ろした。
「文月は?」
『えっ?』
「文月は何で早いの?」
しまった!何も考えていなかった。水無月に会いたかったから…避けられたら、嫌われてしまっていたらどうしようって思ったら不安になってお前を待っていた。なんて…言えないしな。
『俺もお前と同じ。朝イチで取り掛かりたい仕事が有って、いつもより早く出て来た。』
「そう…」
文月と水無月は何故か照れ笑いを浮かべて互いの顔を見た。
『おいっ!お2人さん!さっきからずっと俺の存在が消されてますけど?』
2人が不機嫌そうな声がする方に目をやると、先程よりも大きく両頬を膨らませ、拗ねた表情を浮かべた周が立っていた。
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