31 / 112

第31話 本音。

「周。」 『ん?』 「来週から、俺と一緒に河泉(かせん)を担当するんだよな?」 河泉とは、水無月がコンサルタント業務を受け持っている個人経営の居酒屋店の店名であり、来週から周も一緒に担当する事が決まっていた。 『ああ、そう言えば、部長がそんな事言ってたな。』 「あの店、内装工事で日曜日まで休みなんだけど、今夜店長の自宅で慰労会やるんだって。俺達にも来て欲しいってさ。顔合わせも兼ねて一緒に行かないか?」 『良いね。俺も行くよ。』 「じゃあ、仕事終わったら、何か差し入れ買ってから行こう。」 『分かった。楽しみだな。』 「うん。それと…」 『ん?』 「明日の夜なんだけど…」 『文月のマンションに行くんだろ?』 周は俯いたまま、次の言葉を言えずに口籠る、彼の言葉を代弁した。 「うん…行っても良いかな?」 遠慮がちに尋ねてくる水無月に、言葉が詰まる。 (俺に聞くなよ。行かせたくない。文月のセフレになんてなるな。そう言ったら、止めてくれるのか?ずっと俺の傍に居て欲しい。そう言ったら、お前は俺の元に戻って来てくれるのか?) 「周?」 『もしも…』 「え?」 『もしも、俺が行くなって言ったら、お前は文月の所に行くのを止められるのか?』 (困らせたい訳じゃ無い。それでも、つい本音が口を突いて出た。顔を見なくても、水無月が戸惑いの表情を浮かべているのが分かる。顔を上げて水無月と目が合ってしまったら、きっと止まらなくなる。) 周はテーブルの下で拳を握り締め、湧き上がって来る想いを必死に堪えながら、ぽつりと呟いた。 『ごめん。冗談だよ。みーが決める事だろ。』 「そう…だな。」 『遅刻するぞ。急いで食べよう。』 「うん…」 先程迄の穏やかな雰囲気が一変し、重苦しい空気が2人を包み込んだ…

ともだちにシェアしよう!