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第37話 チーズオムレツ。

惠がキッチンで食器を洗っていると、周が顔を出した。 『手伝いますよ。』 「いえ、お客様にそんな事させられません。彼方で飲んでて下さい。」 『美味しい料理をご馳走になったお礼です。』 「あ、私はお料理出来ないので皆さんが作って下さったんです。」 『そうなんですか?』 「食べるのは好きなんですけどねぇ。」 『ふふっ、そうなんだ。』 周は惠の横に立つと、食器を洗い始め、惠は彼の厚意に素直に甘える事にし、隣で手渡された食器を拭った。リビングからは椿達と水無月の楽しそうな笑い声が聞こえ、周は自然と笑みを浮かべる。 『みーもね。料理あまり得意じゃないんですよ。俺が作る係で、アイツが食べる係。』 「周さんは料理作るのお好きなんですね。」 『どうだろう。好きなのかなぁ?』 「え?好きじゃないんですか?」 『んー…みーの母親が俺達が中学生の時に病気で亡くなったんですけど、少しでも元気になって欲しくて、オバさんが得意だったチーズオムレツを練習して食べさせたんですよ。そしたら、アイツ泣きながら「美味しい」って言ってくれて、それが何か嬉しくて…それからですかね。』 惠は周の笑顔を見て、居た堪れない気持ちになった。 「周さん。」 『はい?』 「先程は…すみませんでした。」 『先程って?』 「周さんが水無月さんを好きと、彼の前で言ってしまった事です。軽率でした。」 『皆んな冗談だと思ってるから、大丈夫ですよ。』 「…ちょっと待ってて下さい。」 惠はキッチンを出て、間なしに戻って来ると、自分の名刺にプライベートの番号とアドレスを書き加えて周の胸ポケットに差し入れた。 「私のプライベート用の携帯電話の番号とアドレスを書いておきました。周さんがお暇な時に連絡下さい。一緒に飲みましょう。」 『良いんですか?俺、酔っ払って絡んじゃうかも知れないですよ。』 「ふふっ。大丈夫ですよ。仕事柄、お酒に酔った方の扱いには慣れてますから。なんなら明日飲みます?」 『じゃあ、本当に一緒に飲んでくれます?明日はちょっと1人で居たくないんですよねー。』 努めて明るい口調で話す周に、惠も調子を合わせる。 「もちろん!此処で飲みましょう。あ、私は料理が出来ないので、周さんが作って下さいね。」 惠の言葉で周の強張っていた表情が緩み、笑みが戻る。惠の瞳に映る周の笑顔は何処か寂しげで、惠は無意識の内に、爪先立ちをして彼の頭を手の平でそっと撫でていた。

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