37 / 112
第37話 チーズオムレツ。
惠がキッチンで食器を洗っていると、周が顔を出した。
『手伝いますよ。』
「いえ、お客様にそんな事させられません。彼方で飲んでて下さい。」
『美味しい料理をご馳走になったお礼です。』
「あ、私はお料理出来ないので皆さんが作って下さったんです。」
『そうなんですか?』
「食べるのは好きなんですけどねぇ。」
『ふふっ、そうなんだ。』
周は惠の横に立つと、食器を洗い始め、惠は彼の厚意に素直に甘える事にし、隣で手渡された食器を拭った。リビングからは椿達と水無月の楽しそうな笑い声が聞こえ、周は自然と笑みを浮かべる。
『みーもね。料理あまり得意じゃないんですよ。俺が作る係で、アイツが食べる係。』
「周さんは料理作るのお好きなんですね。」
『どうだろう。好きなのかなぁ?』
「え?好きじゃないんですか?」
『んー…みーの母親が俺達が中学生の時に病気で亡くなったんですけど、少しでも元気になって欲しくて、オバさんが得意だったチーズオムレツを練習して食べさせたんですよ。そしたら、アイツ泣きながら「美味しい」って言ってくれて、それが何か嬉しくて…それからですかね。』
惠は周の笑顔を見て、居た堪れない気持ちになった。
「周さん。」
『はい?』
「先程は…すみませんでした。」
『先程って?』
「周さんが水無月さんを好きと、彼の前で言ってしまった事です。軽率でした。」
『皆んな冗談だと思ってるから、大丈夫ですよ。』
「…ちょっと待ってて下さい。」
惠はキッチンを出て、間なしに戻って来ると、自分の名刺にプライベートの番号とアドレスを書き加えて周の胸ポケットに差し入れた。
「私のプライベート用の携帯電話の番号とアドレスを書いておきました。周さんがお暇な時に連絡下さい。一緒に飲みましょう。」
『良いんですか?俺、酔っ払って絡んじゃうかも知れないですよ。』
「ふふっ。大丈夫ですよ。仕事柄、お酒に酔った方の扱いには慣れてますから。なんなら明日飲みます?」
『じゃあ、本当に一緒に飲んでくれます?明日はちょっと1人で居たくないんですよねー。』
努めて明るい口調で話す周に、惠も調子を合わせる。
「もちろん!此処で飲みましょう。あ、私は料理が出来ないので、周さんが作って下さいね。」
惠の言葉で周の強張っていた表情が緩み、笑みが戻る。惠の瞳に映る周の笑顔は何処か寂しげで、惠は無意識の内に、爪先立ちをして彼の頭を手の平でそっと撫でていた。
ともだちにシェアしよう!