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第39話 咲良。

出発してから間なしに雨が降り始め、左手でハンドルを握り締めたまま、窓を少し開けて車外へと右手を伸ばしてみると、初夏に似つかわしく無い冷たい雨が文月の指先を濡らす。バックミラーから後部座席にジップアップタイプの半袖パーカーと車内に常備している一本の傘が有るのを確認すると、文月は目線を前に戻した。 金曜日に加えて雨が降って来た所為か、駅のロータリーに着くと、家族や恋人を迎えに来たであろう車が、列をなしていた。 パーカーと傘を手に取り車から降りると、改札口の方から自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、傘を開いて声の主の元へと足を運んだ。 「文月〜〜!」 『恥ずかしいから大声で呼ぶなよ。』 「名前を呼んだだけでしょ。」 そう言って肩を竦める咲良に苦笑しながらも、手に持っていたパーカーを彼女の服の上から羽織らせた。 「文月、気が効くねー。さんきゅっ。」 咲良は傘の下に入り込むと、文月の腕に自分の腕を絡める。 『なんだよ?』 文月が腕を振り解こうとしたが、咲良は絡めた腕を離さないまま背伸びをすると、彼の耳元で囁く。 「だってー。離れて歩いたら濡れるでしょ?ドキドキしちゃった?」 上目遣いで文月を見つめる。 『そんな目で見られても色気無いから無理。ってかキモい。』 「はぁ?」 咲良の顔が鬼の形相に変わる。彼女の怒りの顔を見て、文月の頭の中で危険信号が点滅した。 (コイツが騒ぎ出すと面倒だ。) 文月は咲良の頭を撫で、内心とは裏腹な言葉を口にした。 『冗談だって。咲良は可愛いなぁ。雨に濡れるから行くぞ。」 「はーい!」 上機嫌になった彼女を目の端で捉えながら、文月は心の中で盛大に舌打ちをした。助手席のドアを開けて彼女を座らせると、運転席側に戻り、降りしきる雨の中、元来た道へと車を走らせた。 「久しぶりだね。」 『それさっきも聞いた。』 「お世辞でも良いから、会いたかったよー。とか言えないわけ?」 咲良の問いにスルーを決め込み、会話を続ける。 『住む所は決まったのか?』 「うん。今迄は大学まで通いだったから、早い時間に出なきゃいけなくて大変だったよ。二一歳になってやっとお許しが出た。」 『引っ越し多いな。』 「そうだねー。幼稚園生の時に親が結婚して1回、小学生の時に離婚して1回、中学1年の時に1回。で、今回は念願の一人暮らし。」 『中1の時に1回?聞いてないぞ。』 咲良の言葉に、文月は訝しげな表情を浮かべた。

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