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第40話 不器用な優しさ。

「あれ?言って無かったっけ?お母さんの仕事の都合で引っ越ししたの。」 『お前と連絡をまた取り合う様になったのは最近だからな。知らなくて当然か。中1からずっと其処に住んでたのか?』 「うん。」 『アイツは?日本に戻って来てるんだろ?』 「お兄ちゃんは、去年帰って来てから一人暮らしをしてるから、今は一緒に暮らしていないよ。」 『ふーん。で?離れて暮らしていても、未だにお兄ちゃんにベッタリなのか?』 文月がからかい半分で咲良にそう尋ねると、先程まで話し通しだった彼女は、急に黙り込み俯いた。 『どうした?アイツと喧嘩でもしたのか?珍しいな。』 「喧嘩じゃなくて…」 『ん?』 「私、お兄ちゃんに酷い事しちゃって…」 『酷い事?』 文月の問いに咲良は重い口調で答えた。 「そう。凄く酷い事して傷つけちゃった。』 『ブラコンのお前が?アイツに?』 「そう。」 『それって、俺が聞いても大丈夫な話か?』 「その日以来、お兄ちゃんにどう接して良いか分からなくなっちゃって…文月に相談したかったんだ。」 咲良の様子から見るに深刻な話だと判断した文月は、彼女の頭をポンっと軽く叩くと、敢えて軽い口調で話す。 『分かった。マンションに帰ってから、ゆっくり話を聞くよ。先に言っておくが、部屋の中を勝手に物色したりするなよ。一人暮らしの男の部屋には、お子ちゃまには刺激が強過ぎる物も有るからな。』 「はぁ?お子ちゃまじゃないし!うら若き乙女だし!そもそも文月に興味なんて無いし!」 『お前になんて興味持たれたくねーし。』 「ふんっ。」 『くくっ。』 「何よ?」 『いや。煩いぐらいの方がお前らしいと思っただけだ。』 自分を元気付けようと、文月がワザと挑発めいた言葉を吐いた事に気付き、彼の不器用な優しさに胸が熱くなった。 表面上は元気にしていても、兄に対して、ずっと自責の念を抱えていた。文月に話す事によって、兄と向き合う勇気が持てる様になるのでは…そんな想いを内に秘めつつ、先程よりも雨足が強くなった空を、咲良は車内からぼんやりと眺めていた。

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