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第41話 兄の友達。
駐車場に着くと、文月は携帯電話を車内に置き忘れている事に気付かないまま、咲良とマンションに向かって駆け出した。雨は土砂降りに変わっており、傘を差していてもなんの意味も成さなかった。
文月は玄関を開けて咲良を招き入れると、直ぐに寝室へと向かいクローゼットからフェイクレイヤードの長袖Tシャツとハーフパンツを取り出して、彼女に手渡した。
『そのままだと風邪引くから、この服に着替えて来い。脱衣所はあっちだ。タオルは棚の上。』
「ありがとう。」
咲良が服を受け取り脱衣所で着替えをしている間に、文月は寝室で着替えを済ませた。
『飲むか?』
「うん。」
缶ビールを冷蔵庫から出し、リビングで向かい合わせに座る。飲み始めてから暫くして、彼女は当時の出来事を振り返り、話しを始めた。
「中学1年で引っ越ししてさ。中高一貫のエスタレート式の学校に入ったの。お兄ちゃんは同じ学校の高等部の1年で、直ぐに友達が出来たんだけど、私は最初学校に馴染めなくて。」
『うん。』
「お兄ちゃんの友達がそんな私を気に掛けてくれて、お兄ちゃんと遊びに行く時に、私も誘ってくれたりしたんだ。」
『良い奴だな。』
「うん。凄く優しい人。で、その内に私もクラスに友達とか出来る様になって、お兄ちゃんの友達にその事を伝えたら、自分の事みたいに喜んでくれて、そんな彼の事を気が付いたら好きになってた。」
『その先輩には想いを伝えたのか?』
文月の問いに咲良は首を左右に振った。
「言えなかった。」
『どうして?』
「お兄ちゃんと先輩の家に遊びに行った時に、部屋に先客が居たの。先輩は俺の幼馴染って紹介してくれたんだけど、その人を見つめる先輩の目が、私が先輩を見る時と同じだったんだ 。それで分かっちゃったの。先輩はその人の事がとても好きなんだなぁって、だから言えなかった。」
『そうか…』
(自分の想い人が他の人を想っているのを傍で見ているのは、辛いだろうな…)
「優しくて綺麗な人でさ、違う高校に通ってたんだけど、お兄ちゃんと先輩と3人で会う機会が増えて、私も時々仲間に入れてもらったりして、凄く楽しかった。でも…」
『でも?』
「いつからか、その人だけが家に遊びに来る日も有って、お兄ちゃんとも仲良くなったんだぁ。ぐらいにしか思って無かったんだけど…」
次の言葉を言い淀む咲良を見て、車内で言っていた話の本題は此処からなのだと察し、文月は彼女が口を開くのを黙って待つ事にした。
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