43 / 112

第43話 怒り。

「急に自分がした事が怖くなった。その人の家から早く遠去かりたくて、走って走って…そうしたら急に腕を掴まれて、振り向いたら先輩が居たの。」 咲良はその時に先輩と交わした会話を克明に語り始めた。今だに忘れられずにいるのだろう。 『アイツとオヤジさんの心を傷付けて満足か?今日が何の日か知ってるか?』 「何の日って…?」 『今日は、アイツの母親の命日なんだ。』 「私、知らなかっ…」 『知らなきゃ何しても許されるのか?お前の兄貴とアイツが寝てた時にも酷い言葉浴びせたんだってな。』 「どうして…まさか…」 (先輩がどうして知ってるの?あの人が告げ口したの?) 咲良の心の中で沸き起こった疑問は、彼から向けられた侮蔑の視線と言葉で打ち消された。 『アイツが俺に泣き付いて来たとでも思ってんのか?いいや、俺にさえ言わなかった。アイツの様子がいつもと違う事に気が付いて、俺がお前の兄貴に問い質したんだ。なぁ、教えてくれよ。何の権利が有ってアイツを傷付けたんだ?』 「だって…」 『だって?』 「お兄ちゃんも先輩もあの人に振り回されてるじゃない!先輩、あの人の事好きなんでしょ?なのに、先輩が傍に居るのにお兄ちゃんにまで手を出して…最低だよ!だから、私が2人の為を思って言っただけじゃない!」 尚も、自分を正当化するような咲良の物言いに彼の顔は段々と険しくなり、口調も厳しいものに変わっていった。 『おい。勘違いするなよ。俺がアイツを好きだろうと、アイツがお前の兄貴と付き合おうと、それは俺達の問題だ。部外者がしゃしゃり出てくるな。』 「だって、だって…」 『それにアイツが誰を選ぼうとアイツの自由だ。俺達の為?違うだろ?いつも傍に居てくれたお兄ちゃんに好きな人が出来て、取られるのが嫌だっただけだろ?只の嫉妬じゃないか。』 「……」 (そうだ…2人の為なんだって、自分の中で言い訳してた。本当は、先輩に好かれているあの人が羨ましかった。お兄ちゃんを奪ったあの人が妬ましかった。) 『アイツは俺の気持ちを知らない。俺はアイツが幸せならそれで良かったんだ。なのに、お前は妹ってだけで、理不尽な権利を振り翳してアイツの幸せを壊した。』 「壊した?」 『知らなかったのか?数ヶ月前にお前に酷い言葉で侮辱された後に、アイツの方から、お前の兄貴に別れを告げたんだ。』 「何で…」 (私の所為で2人が…) 『別れた理由を話してはくれなかった。だから俺もそれ以上は聞かなかった。どんな理由が有るにせよ、もう終わった事だ。其れに、恋人を傷付けた妹に対して、文句の一つも言えない男なんかにアイツを渡すつもりは無いけどな。』 「そんな…嘘よ…」 『別にお前に信じて貰おうなんて思ってないさ。只、お前にこれだけは言っておきたい。』 冷たい表情をした彼の視線に、咲良の体が竦む。 「言っておきたい事…って?」 『さっきお前がアイツに言った台詞をそのまま返すよ。お前達なんかにアイツは相応しくない。2度と俺達の前にその面を見せるな。』

ともだちにシェアしよう!