44 / 112

第44話 後悔。

「いつも優しい眼差しで微笑んでくれていた先輩じゃなかった。彼のあんな冷たい表情初めて見たなぁ。私がそこまでの事しちゃったんだよね。」 彼女の表情には後悔の色が浮かんでいた。 「それから、先輩はあの人の家に戻って行っちゃった。先輩の言った事は正しい。お兄ちゃんと先輩に好かれているあの人に嫉妬してた。だから傷付けたかったんだと思う。私って本当に嫌な奴だよね。」 幼少時分に実父が亡くなり、母親は2度も再婚している彼女にとって、頼れるのは兄しか居なかった。その兄が恋をし、自分以外にも大切な存在が出来た。しかも好きになった相手もその人に想いを寄せていた。咲良が取った言動は、許されるものではないが、当時彼女は、未だ15歳だった。複雑な家庭環境に加え、大人と子どもの狭間の年齢に在た彼女の心情を思うと、文月は咲良を責める事は出来なかった。 そして、彼女の話を聞きながら、大切な人の心を傷付けてしまった自分自身を見ているようで、胸が軋んだ。全てを聞き終えた文月は、肩を震わせながら涙を堪えている桜良をそっと抱き寄せた。 『其の事、アイツに話したのか?』 「うん…お兄ちゃんも凄く悲しそうな顔をしてた。半年後、お兄ちゃんは高校卒業してそのままアメリカに行って、先輩とあの人は地元から離れちゃった。」 『その人には、謝ったのか?』 「その人に謝りたくて、一度だけ会いに行ったの。けど、2人の顔を見たら、私、泣いちゃって謝る事が出来なかった…その人は、そんな私を責めずに抱き締めてくれた。先輩も私の頭を撫でながら、『元気でな。』って言ってくれた。それが余計に辛かったなぁ。」 『その事はアイツに言ったのか?』 咲良は項垂れて、首を横に振った。 「2人に会ったのは、お兄ちゃんがアメリカに行っちゃった後だったし…」 『結果はどうであれ、謝ろうとして2人に会いに行ったって事をちゃんと話せ。もう6年近く前の話だろ?アイツとずっと気不味いままで良いのか?』 「其れは嫌だけど…」 『お前が1人で話しに行き辛いなら、俺も一緒に行ってやるから。』 「…良いの?」 『面倒くせーけど付き合ってやるよ。』 文月が親指で涙を拭ってやると桜良に笑顔が戻った。 「へへっ。」 『へへっ。じゃねーよ。これ飲んだら、さっさと寝ろっ。』 「ベッド使って良いよね!それとも一緒に寝る?」 文月は苦笑しながら、彼女の額を指で弾いた。 『ガキと寝る趣味はねーよ。』 「ちぇっ。」 桜良は残っていたビールを一気に飲み干すと、「おやすみー!」そう言って寝室へと姿を消した。 『ったく。しょーがねー奴だな。』 文月は自分もビールを一気に飲み干し、ソファーに寝転がった。瞼を閉じると、あの日の水無月の顔が浮かんで来た。 『水無月、ごめん…な…』 後悔の涙が目尻を伝い落ち、文月はいつしか眠りについた。

ともだちにシェアしよう!