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第72話 気になる過去。
『ワインとグラス、彼方に持って行ってくれるか?』
「あ…うん。」
水無月はキッチンから離れ、ダイニングチェアに腰を下ろした。文月に触れられた唇を指で擦ると、彼の感触を思い出してしまい頬が熱くなる。
(この前みたいに溺れたら駄目だ。しっかりしろ。)
呼吸を整え、熱に浮かれてしまいそうな自分を叱咤する為、両頬を叩いた。
『何してんの?』
振り向くと、水無月の挙動不審な動作を目にした文月が首を傾げていた。
「べ、別に何でもない…」
『今夜のメニューはポトフとチキンソテー、それとサラダだ。嫌いな物が有ったら無理しなくて良いぞ。』
料理を並べ終えた文月は、仕上げに檸檬汁をチキンソテーに掛け、水無月の前に置いた。ガーリックバターの濃厚な香りが食欲を唆り、水無月は目を輝かせる。
「此れ、文月が全部作ったのか?」
『ああ。』
「ねえ、食べて良い?」
『どうぞ召し上がれ。』
相好を崩してチキンソテーをパクつく水無月を見つめ文月にも笑みが溢れる。
『細い身体してる割に、良く食べるよな。』
「人を大食らいみたいに言うなよ。」
『ごめん、ごめん。』
「ポトフも美味い。お代わりしても良い?」
『ふはっ。』
「何だよ?」
『くくっ。いや、何でもない。お代わり持ってくるよ。』
文月が皿にポトフを装うと、水無月は笑顔でスプーンを手にし、口に運んだ。
(お気に召したみたいだな。全く…無自覚な所が可愛すぎて参るよ。)
「ふーっ。お腹いっぱい。ご馳走様でした。」
『お粗末様でした。』
食事を終え、2人はリビングに移動した。
『ワインもっと飲むか?』
「うん。後少し飲んだら止めようかな。」
『何で?』
「昨夜飲み過ぎ…」
『昨夜?』
「昨日の夜に恵さんのマンションで慰労会が開かれてさ…招待されたんだ。」
『恵さんって、ああ。河泉のオーナーか。水無月あの店の担当だもんな。』
「うん。来週から周も担当する事になったから、一緒に行って行って来たんだ。アイツ直ぐにスタッフの皆んなと打ち解けてたよ。」
『お前の傍にはいつもアイツが居るんだな…』
「え?」
『いや。何でも無い。』
「そう…」
(水無月にとって、周はどんな存在なのだろうか…)
俺達は互いの事を知らな過ぎた。今迄は、其れで何の問題も無かった。だが、水無月が以前付き合っていた相手が同性だったと知り、激しく心が乱れた。加えて周が現れた事によって、文月は尚一層、彼の過去が気になり始めていた。
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