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第84話 カシスソーダ。

「紫陽花の花ですか?」 『うん。好きって言うか。願いを託した花かな…』 「願い?」 『恵さんは?好きな花は有る?』 「好きな花か…どんな花が好きだったかな…忘れちゃった…」 『忘れた?』 「ええ。」 『そっか…』 忘れたと話す恵に、周は其れ以上何も聞かなかった。 恵はソーダをグラスの内側を沿うように流し入れると、下に沈んだカシスをバースプーンで4回程ポンピングし、仕上げにステアをして、周の前に置いた。 ※ポンピング《スプーンで氷をアップダウンさせ、下に沈んでいるリキュールを混ぜる作業)》 ※ステア《軽く掻き混ぜる》 「どうぞ。」 『ありがとう。』 カクテルを口に運ぶと、カシスの甘さに炭酸の刺激とレモンのサッパリとした後味が喉を潤す。 『あ。此れ、居酒屋とかで飲んだ味に似てる。このカクテルの名前は?』 「カシスソーダです。バーや居酒屋でも定番のカクテルですね。」 『やっぱり、でも…今迄飲んだのより断然美味い。何でだろう。』 「男性に作る際には、カシスを少なめにしてレモンを加えてるからですかね。炭酸水もキツめの物を使ってるので。」 『ああ!だからかぁ〜。』 「ウチのお店では、同じカクテルでも男性のお客様と女性のお客様では、若干作り方を変えてお出ししてるんですよ。」 『そんなとこにも気を配ってるんだね。』 「気が付いた事を一つ一つやってるだけですよ。」 『でも中々出来る事じゃないよ。偉いね。』 「そんな…あ、カクテルは口当たりが良い分酔いがまわるのも早いですが、大丈夫ですか?」 『確かに、飲みやすいから後が怖いな。じゃあ、後一杯だけお願いします。カシスソーダのカクテル言葉って…』 「貴方は魅力的。」 『へ?』 「カシスソーダのカクテル言葉です。周さんはとても魅力的な方だと思います。」 『え?あ…げほっっ。』 真顔で魅力的だと言われた周は、動揺の余り、カクテルを一気飲みし、盛大に噎せた。恵は急いで周の背後に回り、彼の背中を摩った。 「周さん大丈夫ですか?」 『げほっっ。はぁ…大丈…夫。』 「すみません。気を悪くされちゃいました?」 『いや、そうじゃなくて、魅力的な方なんて言われた事が無かったから、慌てちゃっただけ。』 「本当に?」 『うん。だから、驚いたけど嬉しかったよ。あ、ありがとう。』 「良かった。じゃあ、次のカクテル飲みますか?」 『はい。お願いします。』 恵はカウンター内へと戻り、2杯目のカクテルを作り始めた。

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