92 / 112
第92話 言葉に出来ない。
水無月の事が好きで堪らないのに、良き友人を装って、理解がある振りをして、本音を隠し続けた。
誰かに聞いて貰いたかった。
ずっと言えなかった本音を…
ずっと抱えてきたこの想いを…
周が水無月と自身の此れまでに有った出来事、そして水無月と文月との関係性を掻い摘んで話し終えると、恵の表情は険しいものに変わっていた。
「それで…今、水無月さんは、その人のマンションに行ってるんですね?」
『うん。多分、今頃は…』
その続きを口に出してしまったら、嫉妬という名のどす黒い感情まで吐き出してしまいそうだ。
「周さん。貴方…馬鹿ですよ。好きな人を別の男の元へ送り出すなんて…」
『へへっ。だよね?俺もそう思う。』
パシッ!!
恵が周の後頭部を勢い良く叩いた。
『痛っ!』
「無理に笑うな!!」
『恵さん、何かキャラがどんどん崩れてません?』
「貴方がそうさせてるんでしょーが!!」
バシッン!!
『ちょっ…今度は背中かよ!痛いって!』
「全く…私は本来、人様の色恋沙汰に口を挟んだりする人間じゃないんですよ。でも、貴方が余りにも自分を大切にしないから、つい言いたくなってしまうんです!」
『はぁ…』
「はぁ…じゃない!我慢しないでもっと自分の気持ちに正直になったらどうですか?水無月さんが他の男に奪われちゃっても何とも思わないんですか?!」
(周さんに偉そうに言ってるけど、自分は一度でも真剣に向き合った事が有っただろうか…)
『何とも思わない訳ないよ…』
「それなら何でっ…」
周の瞳が潤んでいた。先程とは違い、零れ落ちそうになるのを必死で堪えているのは、雫と一緒に水無月への想いが溢れ出て仕舞わない様に堪えているのだと恵は気付く。
『幼い頃から水無月だけを想い続けて、大人になった今でもアイツへの想いは色褪せてはくれなかった。寧ろ想いは募るばかりだ。好きな奴を他の男に奪われたく無い。触れさせたくなんか無いよ。』
「周さん…」
『けど、それでもさ…俺にとって水無月の幸せが一番なんだ。アイツの笑った顔を見ていたいんだ。だから、俺が想いを告げて、水無月の笑顔を奪って仕舞うぐらいなら、この想いは言葉に出来ない。』
周は目元の雫を手で拭うと、口角を上げて見せた。想いを堪えようともがく彼の笑顔は、恵の胸を突いた。
ともだちにシェアしよう!